沈丁花 みだれて咲ける 森にゆき わが恋人は 死になむといふ
骸ツナ小説です。
沈丁花からギリシャ神話の話をしだす骸です。
沈丁花からギリシャ神話の話をしだす骸です。
甘い香りが、どこからかふわりふわりと漂い、風の間をすり抜けて鼻孔を擽る。
空は抜けるように青く、心臓の裏側まで透き通ってしまいそうなほど。
暖かいとも、寒いとも言えない空気が身体を取り巻き、太陽の乾いた匂いが、もう春なのだと告げていた。
桜はまだ、蕾さへちらほらというのがほとんどで、 時たまところどころに早く咲きすぎてしまった一輪がぽつんといる具合で先んじて春になってゆく景色。
六道骸はほう、とため息をついた。
やはり、日本という国は美しい。
何より、整頓された街。
道端に大量のごみがある訳はなく、時々心無い者たちによって捨てられたであろうごみを見かけることもあるが、殆どそういったことはなく、町並みも整頓されている。
いかにも、繊細な文化を築いてきた日本らしい。
島国であり、ちいさな国であるが、その国が築きあげてきたものには感嘆するばかりだ。
「綱吉くん、先ほどから何か甘い香りがしますが、今日は何かつけてきているんですか、」
隣に寝そべる少年に問いかける。
日本人にしては幾分か色素の薄い猫っ毛が、ふわふわと風に揺れて、気持ち良さそうに目を塞いでいる彼の目元にかかる。
それを優しく手に取り、直してやれば、やはりこれも日本人にしては色素の薄いくりっとした大きな茶系の眸が現れた。
綱吉は一、二度瞬きをしてから、鼻をふん、ふん、として匂いを集めて首を傾ける。
「なんだろう、確かに甘い匂いがしますね。・・・・・でも、俺は何もつけてないです。」
甘い香りはふわふわと漂って、二人の間に敷き詰められてゆく。
心当たりの無い綱吉は、骸の問いかけに応えを出すことができなくて、考え込む。
と、そこで、ふいに視界に入ったものを見て、納得がいった。
「沈丁花だよ。ほらそこにある白い花。多分あれから甘い香りがするんだと思う。」
「沈丁花、ですか。名前は何となく聞いたことがあります。けど・・・・・そこまで花というのは匂うものですかね。」
僕としては綱吉君の香りであるのではないかという感じがしますけどねぇ、などとさらりと言ってのけるものだから、綱吉は恥ずかしくなってぷいとそっぽを向いた。
「何だよ、それ」
どことなく、睦言めいて聞こえるのは、艶のある声の所為か。
俯いて背中を向ければ、クフリ、と楽しそうな声がかかった
「嘘です。知っていますか、沈丁花は、Daphne odoraと言って、Daphneというのはギリシャ神話に出てくる女神の名前なんですよ。」
「知ってたんですか、沈丁花。」
騙された、といわんばかりに眉間にシワをよせて振り向いた愛しい人に、苦笑しながらも、骸は答える。
「いいえ、騙したわけではありませんよ。実際、見たことはありませんし、匂いを嗅いだこともありませんから。ただ、本で読んだことがあったので、知識だけ。」
困ったように、ふ、と笑う。彼が知識だけ、というのは過去がひどいものであるからだろう。
「綱吉君は、Daphneがどんな人物だか知っていますか、」
彼が、こういった話をするときにはかならず何かあるのだとわかっているから、素直に綱吉は知らない、と一言短く答える。
すると、骸はいいこです、と笑って綱吉の頭を撫でながら、話を続ける。
「Daphne、というのは、河の神の娘なんです。太陽神アポロンに求愛されても、拒み続け、ついに追い詰められたとき、彼女は自らを月桂樹に変えてしまうんです。絶望したアポロンは、その月桂樹から葉をとり、月桂冠を作り、肌身離さず持っていたとか。」
「ふーん。その、ダフネ、っていう人は何でアポロンの求愛を振ったんだろう。そんなに嫌いだったのかな」
「と、いいますか、このアポロンの異常なまでのダフネに対する恋心にも訳があるんですよ。」
何、と興味を示す綱吉に、骸はうれしそうに続きを話す。
「まず、この二人がこうなったのを話すのにはエロス、という人物について話す必要があるんですけど、エロス、というのは恋心と性愛の神なんです。彼の持つ、金の矢に撃たれたものは激しく狂おしいほどの、まさに常軌を逸した恋心に取り付かれ、鉛の矢に打ち抜かれたものは、愛や、恋に激しい嫌悪を抱くんです。・・・・・・少し、風が強くなってきました、中へ入りましょう。」
いつの間にか曇り空となって、風も荒くなってきていた。
骸は綱吉を促すと、庭から立ち上がり、広げていた敷物たちを片付けて、部屋の中へと移動する。
部屋に入ると一層暗闇となっているから、骸は近くにあった蝋燭に火をつけた。
そして、窓際に腰かけると、綱吉を抱きしめながら、話の続きを始める。
「、そう、ある日、そういった力を持つエロスが、いつもその力で遊んでいることをアポロンは詰ったんです。それに怒ったエロスは、傍の河で遊んでいた無関係のダフネと一緒に、アポロンに金の矢を、ダフネには鉛の矢を放った。」
そうして、アポロンはダフネに異常なほどの恋心を抱き、ついにはダフネを月桂樹に変えてしまうまで追い詰めてしまう。
アポロンは月桂冠をつくり、肌身離さずつけた。
「ね、綱吉くん、この話、なにかを思い起こさせませんか、」
骸にそんなふうに聞かれても、思い当たるものは何も無い。
本当になにも、と骸が近くで覗き込む。
「僕はね、綱吉くん。この話、すこし可笑しいと思うんです。だって、ダフネを愛していたなら、彼は諦めるべきだったと思いませんか。たとえ、どんなに狂おしいほど彼女を愛していたとしても。」
「そう、かなぁ。・・・・・・そうかもしれない。だって、」
「そうです。ダフネを死なせるくらいなら、遠くから見守ることだってできたんですよ。身を焦がす程の恋心を抱きながら、彼女を少し離れた場所から見守ることも。けれどそれをアポロンはできなかった。・・・・何故だと思いますか、」
「アポロンは、ダフネのことを本当に愛してはいなかった、からですか、」
「さあ、どうでしょう」
そこで、骸は話を無理矢理終わらせた。けれど、結局のところ、そういうことなのだ。アポロンはダフネを心から愛してはいなかった。アポロンのダフネへの愛は、物欲と同じくするものだったのだろう。
だから、ダフネをそこまで追い詰めることができた。
けれど、僕はできない。
「綱吉くんを、愛しています」
だから、彼がこの息苦しい愛に疲れてしまったなら、どんなに彼を愛していたとしても、彼を手放すことができるのだ。
腕の中を見れば、耳まで真っ赤な呆然とした顔がある。
それを見ていると、少し、心が揺らいだ。
本当に、
(僕は、綱吉くんを殺してしまうかもしれません。もし、心変わりで、綱吉くんが誰かのもとへ行ってしまったら。一時の気の迷いで、綱吉くんが他の誰かに抱かれでもしたら、僕は、許せるのだろうか。別れを切り出されて、そうですか、と送り出すことができるんでしょうか、)
もし、綱吉くんが僕を過去にしてしまうなら、
僕は、
沈丁花 みだれて咲ける 森にゆき わが恋人は 死になむといふ
空は抜けるように青く、心臓の裏側まで透き通ってしまいそうなほど。
暖かいとも、寒いとも言えない空気が身体を取り巻き、太陽の乾いた匂いが、もう春なのだと告げていた。
桜はまだ、蕾さへちらほらというのがほとんどで、 時たまところどころに早く咲きすぎてしまった一輪がぽつんといる具合で先んじて春になってゆく景色。
六道骸はほう、とため息をついた。
やはり、日本という国は美しい。
何より、整頓された街。
道端に大量のごみがある訳はなく、時々心無い者たちによって捨てられたであろうごみを見かけることもあるが、殆どそういったことはなく、町並みも整頓されている。
いかにも、繊細な文化を築いてきた日本らしい。
島国であり、ちいさな国であるが、その国が築きあげてきたものには感嘆するばかりだ。
「綱吉くん、先ほどから何か甘い香りがしますが、今日は何かつけてきているんですか、」
隣に寝そべる少年に問いかける。
日本人にしては幾分か色素の薄い猫っ毛が、ふわふわと風に揺れて、気持ち良さそうに目を塞いでいる彼の目元にかかる。
それを優しく手に取り、直してやれば、やはりこれも日本人にしては色素の薄いくりっとした大きな茶系の眸が現れた。
綱吉は一、二度瞬きをしてから、鼻をふん、ふん、として匂いを集めて首を傾ける。
「なんだろう、確かに甘い匂いがしますね。・・・・・でも、俺は何もつけてないです。」
甘い香りはふわふわと漂って、二人の間に敷き詰められてゆく。
心当たりの無い綱吉は、骸の問いかけに応えを出すことができなくて、考え込む。
と、そこで、ふいに視界に入ったものを見て、納得がいった。
「沈丁花だよ。ほらそこにある白い花。多分あれから甘い香りがするんだと思う。」
「沈丁花、ですか。名前は何となく聞いたことがあります。けど・・・・・そこまで花というのは匂うものですかね。」
僕としては綱吉君の香りであるのではないかという感じがしますけどねぇ、などとさらりと言ってのけるものだから、綱吉は恥ずかしくなってぷいとそっぽを向いた。
「何だよ、それ」
どことなく、睦言めいて聞こえるのは、艶のある声の所為か。
俯いて背中を向ければ、クフリ、と楽しそうな声がかかった
「嘘です。知っていますか、沈丁花は、Daphne odoraと言って、Daphneというのはギリシャ神話に出てくる女神の名前なんですよ。」
「知ってたんですか、沈丁花。」
騙された、といわんばかりに眉間にシワをよせて振り向いた愛しい人に、苦笑しながらも、骸は答える。
「いいえ、騙したわけではありませんよ。実際、見たことはありませんし、匂いを嗅いだこともありませんから。ただ、本で読んだことがあったので、知識だけ。」
困ったように、ふ、と笑う。彼が知識だけ、というのは過去がひどいものであるからだろう。
「綱吉君は、Daphneがどんな人物だか知っていますか、」
彼が、こういった話をするときにはかならず何かあるのだとわかっているから、素直に綱吉は知らない、と一言短く答える。
すると、骸はいいこです、と笑って綱吉の頭を撫でながら、話を続ける。
「Daphne、というのは、河の神の娘なんです。太陽神アポロンに求愛されても、拒み続け、ついに追い詰められたとき、彼女は自らを月桂樹に変えてしまうんです。絶望したアポロンは、その月桂樹から葉をとり、月桂冠を作り、肌身離さず持っていたとか。」
「ふーん。その、ダフネ、っていう人は何でアポロンの求愛を振ったんだろう。そんなに嫌いだったのかな」
「と、いいますか、このアポロンの異常なまでのダフネに対する恋心にも訳があるんですよ。」
何、と興味を示す綱吉に、骸はうれしそうに続きを話す。
「まず、この二人がこうなったのを話すのにはエロス、という人物について話す必要があるんですけど、エロス、というのは恋心と性愛の神なんです。彼の持つ、金の矢に撃たれたものは激しく狂おしいほどの、まさに常軌を逸した恋心に取り付かれ、鉛の矢に打ち抜かれたものは、愛や、恋に激しい嫌悪を抱くんです。・・・・・・少し、風が強くなってきました、中へ入りましょう。」
いつの間にか曇り空となって、風も荒くなってきていた。
骸は綱吉を促すと、庭から立ち上がり、広げていた敷物たちを片付けて、部屋の中へと移動する。
部屋に入ると一層暗闇となっているから、骸は近くにあった蝋燭に火をつけた。
そして、窓際に腰かけると、綱吉を抱きしめながら、話の続きを始める。
「、そう、ある日、そういった力を持つエロスが、いつもその力で遊んでいることをアポロンは詰ったんです。それに怒ったエロスは、傍の河で遊んでいた無関係のダフネと一緒に、アポロンに金の矢を、ダフネには鉛の矢を放った。」
そうして、アポロンはダフネに異常なほどの恋心を抱き、ついにはダフネを月桂樹に変えてしまうまで追い詰めてしまう。
アポロンは月桂冠をつくり、肌身離さずつけた。
「ね、綱吉くん、この話、なにかを思い起こさせませんか、」
骸にそんなふうに聞かれても、思い当たるものは何も無い。
本当になにも、と骸が近くで覗き込む。
「僕はね、綱吉くん。この話、すこし可笑しいと思うんです。だって、ダフネを愛していたなら、彼は諦めるべきだったと思いませんか。たとえ、どんなに狂おしいほど彼女を愛していたとしても。」
「そう、かなぁ。・・・・・・そうかもしれない。だって、」
「そうです。ダフネを死なせるくらいなら、遠くから見守ることだってできたんですよ。身を焦がす程の恋心を抱きながら、彼女を少し離れた場所から見守ることも。けれどそれをアポロンはできなかった。・・・・何故だと思いますか、」
「アポロンは、ダフネのことを本当に愛してはいなかった、からですか、」
「さあ、どうでしょう」
そこで、骸は話を無理矢理終わらせた。けれど、結局のところ、そういうことなのだ。アポロンはダフネを心から愛してはいなかった。アポロンのダフネへの愛は、物欲と同じくするものだったのだろう。
だから、ダフネをそこまで追い詰めることができた。
けれど、僕はできない。
「綱吉くんを、愛しています」
だから、彼がこの息苦しい愛に疲れてしまったなら、どんなに彼を愛していたとしても、彼を手放すことができるのだ。
腕の中を見れば、耳まで真っ赤な呆然とした顔がある。
それを見ていると、少し、心が揺らいだ。
本当に、
(僕は、綱吉くんを殺してしまうかもしれません。もし、心変わりで、綱吉くんが誰かのもとへ行ってしまったら。一時の気の迷いで、綱吉くんが他の誰かに抱かれでもしたら、僕は、許せるのだろうか。別れを切り出されて、そうですか、と送り出すことができるんでしょうか、)
もし、綱吉くんが僕を過去にしてしまうなら、
僕は、
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