臆病者のついた嘘
灰西
臆病者のついた嘘
智がなにか嘘をついているのに気がついたのはいつだったか。
明斗は目の前で頼んだアイスコーヒーにフレッシュを3個も入れている智を、頬杖を付きながらながめながらふと思った。
大学に入学した後、数ヶ月の間友達の出来なかった自分に、初めて声を掛けて来たのが智で、乃ち彼は大学で初めて出来た友達でもある。
入学早々作った「春画研究会」に入部希望を出しにやってきたときのあの緊張っぷりは未だにたまに思い出して笑っているくらいだ。
それに智はよく表情の変わる面白いところがあるし、話をしていても気があってとても楽しい。
いつしかそんなところが愛しくなり、関係を持つようになったのだが、しかし、それでもふとした瞬間に、違和感をかんじることがあった。
なんとなく、それがどんなものなのか分からないが、智が自分に嘘を付いているのだという事だけはわかった。
しかし、こちらもこちらで嘘はついては居ないが、本当の事を言っていない。
隠し事をしているのに相手にだけ話せとは、口が裂けても言えなかった。
聴けばこの関係が崩れてしまうんじゃないかという恐れもあったが、同時に、そんなことを抜きにして、智と一緒に居たかったというのも半分ある。
「なあ、そんなにそれ入れるんなら初めからカフェオレにしときゃいいのに」
今度はシロップを入れようとしている智に、言った。
「ん?それはちょっと。」
「何で?」
「だって、これなら自分の好きな味にできるでしょう?僕はフレッシュ3個にシロップ1個の割合が好きなんだ」
「・・・・はー、なるほど?・・・じゃあ、味見さして」
智はそれを聞いてにっこり笑って、智ブレンドのコーヒーのストローをこちらに向けて来た。
ためらう事なくそれに口をつけて飲むと、確かに普通に頼むカフェオレよりも幾分かコーヒー独特の苦みと酸味が残っていて美味しかった。
「おいしい?」
飲んでいる間もそうだったのか、先ほどと同じ笑顔で智が言う。
「ああ、美味かった。・・・・飲むか?」
こんどは自分が飲んでいたメロンソーダを智の方へ向けると、智は困った顔をして首を振った。
「ん、大丈夫。」
この違和感は一体なんだろう。
何度も考えては始点に戻る。
「あ、あの......」
深く考えに陥っていたせいで、声をかけられたのにも気がつかなかった。
あまりにも驚いたせいで、一瞬椅子から数センチ浮いたかもしれない。
煩く音を立てる心臓に手を当て、冷や汗をかきながら振り返ると、女生徒が数人。
みんな奇妙なほどに着飾っている。
長い爪に、巻き髪は栗色で艶があり、肌もまるで塗り壁のような有様だが、頬はバラ色。
ついでに言うなら瞼は失敗したアイプチと、瞬きをするたびにパカパカしている異様な付けまつ毛で飾られている。
まるで特殊メイクみたいな顔をした彼女らを一瞥したら、真ん中の女生徒が口を開いた。
「灰音くん、だよね。あと、西條くん。」
「あ?そうだけど........、何?」
彼女らは後ろにいたのを、わらわらと近寄ってきて、二人で使っていたテーブルの横を囲んだ。周囲が甘い香水の香りで満たされる。
妙にいろんな香りがまざって、頭は痛いし、吐き気が起きそうだと、明斗は眉をひそめた。
内容は他愛のない話で、ゼミがどうとか、彼処のカフェが美味しいし、新しく公開になった映画が面白いから一緒にいかないか、と言うものだった。
今まで遠くから視線を感じたことはあるが、まさか直に誘い文句をいただくとは思っていなかった明斗は、面食らいながらも、ため息一つ落として断りを入れようと思った次の瞬間。
ガタン!と大きな音がして、周りの視線が一点に集中する。
倒れたアイスコーヒーが、水音を立ててテーブルから床に零れ落ちる。
その後ろで、紙のように白い顔をした智が顔を歪めて、荒れる息を無理やり抑えるようにして唇を引き結んでいた。
「え、.......西條、くん?どうし、」
「......ごめん、ちょっと....、」
隣に立っていた女性との手を振り払い、智は小さな声でそう言うと、その場からよろよろとしつつも走り去ってしまった。
「西條くん、体調わるいのかな?顔色悪かったよね...」
「うん...でも今まで普通にしてたのに?」
俄かにそう然とするテーブル周りだったが、明斗も智の様子がきにかかり、すぐに彼女らに断りを入れると後を追いかけた。
すぐに追いかけたのに、智は食堂の外に出ても見つからなかった。
近くのトイレや、食堂を出てすぐ近くにある、建物と建物の隙間みたいな小さな場所も、探して見たのだが、居なかった。
明斗はため息を一つつくと、最後にやってきた部室の扉に手をかけた。
すると、微かに何かの気配がして、これは智がいるに違いないとそっと扉を開ける。
「智?」
部屋の中を見回すと、端の方で蹲っている智の姿が見えた。微かに震えているように見える。なるべく音を立てないように近づいていく。
息を吸う音が短い間隔で何度も聞こえる。時折詰まったように、苦しげな声も聞こえた。
「智、どうした....なぁ、大丈夫かよ?」
なんとか止めてあげたくて、肩に何気なく手を置いただけのつもりだった。
しかし、肩に手を置いた瞬間、智は此方が分かるくらいに大きく震え、荒い呼吸はそのままに、手を叩き落とし、体を小さくしながら泣きながら嗚咽交じりに、
「あ、きと」と小さく呟いた。
「智........?なんか....あったのか!?えっと...取り敢えず息を戻さねぇと....」
部室の中を見回すも、役に立ちそうな袋がない。
うろうろと探しているうちにも激しく息を何度も吸って、収まらない発作に苦しそうな智は、衰弱しているように見える。
焦りで自分まで混乱してきた明斗は、ハッとしてすぐさま智の肩を掴み、息を吸ってばかりいる唇を自分の唇で塞いだ。
突然のことに、智は体をかたくしたものの、そっと肩を撫で、抱きしめてやると次第に力を抜いて身を預けて、呼吸も穏やかなものになった。
頃合いを見計らって唇を離して、そのまま抱きしめて背をぽんぽんと優しく叩く。智はふぅ、と息をついて涙を拭った。
____________________________________________
続きます(^ν^)
智がなにか嘘をついているのに気がついたのはいつだったか。
明斗は目の前で頼んだアイスコーヒーにフレッシュを3個も入れている智を、頬杖を付きながらながめながらふと思った。
大学に入学した後、数ヶ月の間友達の出来なかった自分に、初めて声を掛けて来たのが智で、乃ち彼は大学で初めて出来た友達でもある。
入学早々作った「春画研究会」に入部希望を出しにやってきたときのあの緊張っぷりは未だにたまに思い出して笑っているくらいだ。
それに智はよく表情の変わる面白いところがあるし、話をしていても気があってとても楽しい。
いつしかそんなところが愛しくなり、関係を持つようになったのだが、しかし、それでもふとした瞬間に、違和感をかんじることがあった。
なんとなく、それがどんなものなのか分からないが、智が自分に嘘を付いているのだという事だけはわかった。
しかし、こちらもこちらで嘘はついては居ないが、本当の事を言っていない。
隠し事をしているのに相手にだけ話せとは、口が裂けても言えなかった。
聴けばこの関係が崩れてしまうんじゃないかという恐れもあったが、同時に、そんなことを抜きにして、智と一緒に居たかったというのも半分ある。
「なあ、そんなにそれ入れるんなら初めからカフェオレにしときゃいいのに」
今度はシロップを入れようとしている智に、言った。
「ん?それはちょっと。」
「何で?」
「だって、これなら自分の好きな味にできるでしょう?僕はフレッシュ3個にシロップ1個の割合が好きなんだ」
「・・・・はー、なるほど?・・・じゃあ、味見さして」
智はそれを聞いてにっこり笑って、智ブレンドのコーヒーのストローをこちらに向けて来た。
ためらう事なくそれに口をつけて飲むと、確かに普通に頼むカフェオレよりも幾分かコーヒー独特の苦みと酸味が残っていて美味しかった。
「おいしい?」
飲んでいる間もそうだったのか、先ほどと同じ笑顔で智が言う。
「ああ、美味かった。・・・・飲むか?」
こんどは自分が飲んでいたメロンソーダを智の方へ向けると、智は困った顔をして首を振った。
「ん、大丈夫。」
この違和感は一体なんだろう。
何度も考えては始点に戻る。
「あ、あの......」
深く考えに陥っていたせいで、声をかけられたのにも気がつかなかった。
あまりにも驚いたせいで、一瞬椅子から数センチ浮いたかもしれない。
煩く音を立てる心臓に手を当て、冷や汗をかきながら振り返ると、女生徒が数人。
みんな奇妙なほどに着飾っている。
長い爪に、巻き髪は栗色で艶があり、肌もまるで塗り壁のような有様だが、頬はバラ色。
ついでに言うなら瞼は失敗したアイプチと、瞬きをするたびにパカパカしている異様な付けまつ毛で飾られている。
まるで特殊メイクみたいな顔をした彼女らを一瞥したら、真ん中の女生徒が口を開いた。
「灰音くん、だよね。あと、西條くん。」
「あ?そうだけど........、何?」
彼女らは後ろにいたのを、わらわらと近寄ってきて、二人で使っていたテーブルの横を囲んだ。周囲が甘い香水の香りで満たされる。
妙にいろんな香りがまざって、頭は痛いし、吐き気が起きそうだと、明斗は眉をひそめた。
内容は他愛のない話で、ゼミがどうとか、彼処のカフェが美味しいし、新しく公開になった映画が面白いから一緒にいかないか、と言うものだった。
今まで遠くから視線を感じたことはあるが、まさか直に誘い文句をいただくとは思っていなかった明斗は、面食らいながらも、ため息一つ落として断りを入れようと思った次の瞬間。
ガタン!と大きな音がして、周りの視線が一点に集中する。
倒れたアイスコーヒーが、水音を立ててテーブルから床に零れ落ちる。
その後ろで、紙のように白い顔をした智が顔を歪めて、荒れる息を無理やり抑えるようにして唇を引き結んでいた。
「え、.......西條、くん?どうし、」
「......ごめん、ちょっと....、」
隣に立っていた女性との手を振り払い、智は小さな声でそう言うと、その場からよろよろとしつつも走り去ってしまった。
「西條くん、体調わるいのかな?顔色悪かったよね...」
「うん...でも今まで普通にしてたのに?」
俄かにそう然とするテーブル周りだったが、明斗も智の様子がきにかかり、すぐに彼女らに断りを入れると後を追いかけた。
すぐに追いかけたのに、智は食堂の外に出ても見つからなかった。
近くのトイレや、食堂を出てすぐ近くにある、建物と建物の隙間みたいな小さな場所も、探して見たのだが、居なかった。
明斗はため息を一つつくと、最後にやってきた部室の扉に手をかけた。
すると、微かに何かの気配がして、これは智がいるに違いないとそっと扉を開ける。
「智?」
部屋の中を見回すと、端の方で蹲っている智の姿が見えた。微かに震えているように見える。なるべく音を立てないように近づいていく。
息を吸う音が短い間隔で何度も聞こえる。時折詰まったように、苦しげな声も聞こえた。
「智、どうした....なぁ、大丈夫かよ?」
なんとか止めてあげたくて、肩に何気なく手を置いただけのつもりだった。
しかし、肩に手を置いた瞬間、智は此方が分かるくらいに大きく震え、荒い呼吸はそのままに、手を叩き落とし、体を小さくしながら泣きながら嗚咽交じりに、
「あ、きと」と小さく呟いた。
「智........?なんか....あったのか!?えっと...取り敢えず息を戻さねぇと....」
部室の中を見回すも、役に立ちそうな袋がない。
うろうろと探しているうちにも激しく息を何度も吸って、収まらない発作に苦しそうな智は、衰弱しているように見える。
焦りで自分まで混乱してきた明斗は、ハッとしてすぐさま智の肩を掴み、息を吸ってばかりいる唇を自分の唇で塞いだ。
突然のことに、智は体をかたくしたものの、そっと肩を撫で、抱きしめてやると次第に力を抜いて身を預けて、呼吸も穏やかなものになった。
頃合いを見計らって唇を離して、そのまま抱きしめて背をぽんぽんと優しく叩く。智はふぅ、と息をついて涙を拭った。
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店主:西條
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