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くさつゆしろし、名月

伊日
くさつゆしろし、名月











未だ残暑の厳しい町中を、買物袋を下げて歩く。
今日は、いつも持って行く世間で言うならエコバッグ、にあたる籐のかごを持ってくるのを忘れてしまったのだ。
「やれやれ、とうとうボケてしまいましたかね」
一人そう呟いて、家路へと急ぐ。
辺りはこの季節どくとくの、感傷的な光に包まれている。
今日は、本当はここに、十五夜を楽しむためにやってくると言っていた彼が、買物につき合ってくれる筈だったのだが、いかんせん、こんな自分たちの身の上の事だ、急な仕事が入って、予定は露となって消えた。
塞ぎ込んでも、怒っても、拗ねても仕方の無いことだと分かっているから、遣る瀬ないとは思いつつ、彼が居たら一緒にしようと思っていたことを、一人でこなすのだ。
川縁の草が、風に揺られて気持ち良さそうにそよいでいるのを見て、空を見上げる。
大きく見える飛行機が、一機。
「貴方はどこへ行くんです?」
見上げて言っても、答えは貰うことができない。
遠く、見えなくなるまでそれを見送って、また歩き出す。
からんころんと、わざと音を立てて、寂しさを紛らわすように歩いた。
あの、大きく白い機体が、彼の地から日本へやって来た飛行機ならいいのに。
この夏、あんなに一緒に居たのに、離れるとなるとやっぱり寂しいし、会えるときには必ず会いたい。会えないと寂しい。毎日電話をしてくれるのに、こんなことを言ったらわがままだと、鬱陶しいと思われてしまうかもしれない。だから、こんなときは極力聞き分けがよい恋人を演じるのだった。
家に帰ってからも、台所に立って、目の前の格子窓から空を気にしながら夕食の準備を始める。
白い団子を作って、毎年の事だからとすでに出してあった三方に盛りつける。
「まあ・・・いいかんじにはなりましたね」
縁側に三方に盛りつけた団子を置き、盛り籠に盛りつけた秋の果物を隣に、そして、ススキも忘れず。
一人の十五夜なんて、なんども経験して来た筈なのに、彼が居てくれるのが当たり前になった今では、寂しさ以外には感じない。
酒の肴と、熱燗を持って、縁側に座った。
月はまん丸と太って、まるで美味しいお菓子のようにも見える。
古くからその美しさを愛でてきているといっても、毎年違う気持ちでこの月を見つめているのだ。
「ほんに、美しいことですね」
手酌をしながら、名月を見て、それを煽る。飲む間際、杯に映った夜空と月は、本当に、寂しげで儚げで美しかった。
「会いたいなんて・・・・・、無理にでも会いに来てくださいって、言えばよかったんですかね?」
酒が入れば、自然、独り言が多くなる。ふだんから一人暮らしをずっと続けている所為で独り言は多いのかもしれないが、それにしたって、すんなりこうも心の中を言葉にできてしまうのは、酒が入った時くらいのものだ。
「ヴェッ!じゃあ、そう言ってくれたらいいのに。」
「そうは言いますけど・・・・・、っ?」
独り言に返事が帰って来て驚いて振り返ると、月見のために行灯の灯りだけにした薄暗い部屋の中、にっこり優しい、今一番見たかった顔があった。
「い、イタリアくん?・・・・どうしてここに?今日はお仕事が入ってしまったと・・・」
そう、電話口でそれはそれは申し訳なさそうな、哀しそうな声を出して、ごめんねえ、ごめんねえ、っと言っていたのは記憶に新しい。
問いかけると、彼はさらに笑みを深めると、後ろ手をして、可愛く首を傾げてみせた。
「うん?だぁってさ、俺、日本に会いたかったんだもん。兄ちゃんに仕事押し付けてきちゃった。」
なんだ、とこころにすとん、と何かが降りた。
それなら、会えないならイタリアに行ってそっちで十五夜をしましょう、なんて馬鹿げた考えを起こしかけていた自分だけれど、それは決して馬鹿げてなんか、なかったということだ。
イタリアくんが、手に持っていた杯を奪うと、それをそのまま煽った。
「ん、美味しいねえ、ちょっと・・・キツいけど、ね。・・・ね、日本、日本は俺に会いたかった?」
彼の、その瞳に息を呑む。いつもの、ふわふわ花のような瞳ではなく、ギラついた飢えたような眼差しに全身が熱くなった。
「う、あ・・・・」
「だめ。SiかNoで答えるんだよ、日本」
自分が見られているのが分かって、じじりと膚が焼けるようにすら感じる。
じわり、と湯冷ましの、大きく開けた胸元や、人前に出るならはしたないことこの上ない、裾は大きく割れ、もしかしたら下着が見えてしまっているのやも知れない。
行き場を無くして、はくはくと口を閉じたり開いたりしつつ、小さく、絞り出すように「Si」と答えたなら、彼はその熱い口で、この口を食べるように貪った。
「ん、っ・・・はあぁつ」
もともと緩くなっていた着付けは、もう慣れきった彼にはいとも簡単に脱がせる事ができたのだろう、着崩れもあり、気がつけば月明かりに裸体を晒す結果となった。
「や、です、・・・見ないで、ください」
彼の視線や、月の明るさに耐えかねて顔を横に向けて目を瞑ると、瞼に優しく口づけが降ってきた。

「はい、ええ、そうなんです、これからイタリアに・・・・ああそうですか、よかった。ええ。では。え?大丈夫ですよ、念のために、パソコンは持って行きますからはい。では」
電話を切ると、イタリアくんが、ひょこっと顔を出した。もう既に身支度を整えていて、残るはこの電話の返事次第だったのだ。
「ね、大丈夫だった?」
「ええ、珍しいことに・・・・。」
今日、突然イタリアに行く事になったのだ。というのも、彼がここへやってきたのはそのお迎えもかねての事だったらしい。一体何が待っているのか、ソレすら知らないが、いつものこのどだばたとした光景に笑みがこぼれる。

「ロマーノくんには、私も一緒に怒られてあげますからね、」
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