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指導員日誌

教習生日記とちょっと続いています。
指導員になったフェリと、菊
指導員日誌













「先生、好きです!」
ああ、今日もかぁなんて思いながら、高校生の差し出してきた携帯電話のアドレスを書いた紙と、それを持つ震えた手を見つめる。
「うん、嬉しいんだけど、ごめんね?」
これが卒検の後で良かった。
顔を真っ赤にして涙で眸を潤ませ、いいんです、と言って彼女は去って行った。
卒検の前だったらこれは確実に動揺して試験どころではなくなりそうだ。
後ろから刺さる視線が痛い。
痛い、けれど、ここにいるほとんどの人間はこれを経験している筈で、その視線は多分、あの子はこいつだったか、といった物だと思う。
ここは女の子が恋する魔法がかかった場所である。
「・・・ヴァルガスさん、おもてになるんですねえ」
のんびりとした声が背後からかかって、驚いて振り返ると、黒く艶やかな髪に細い体、思わず性別を間違えそうになる容姿の、同じ指導員の本田菊だった。
「わあ、菊、さっきから探してたのに、どこ行ってたの?」
「さっき、路上から戻ったところですよ。」
原簿を棚に戻しながら、白い手袋を外してこちらに近づいてくる。
彼もそれなりにファンを持っている。
以前、休憩室にお茶を買いに行ったとき、非常に人気があるという噂を聞いた。
女子学生たちの話の種となっているようで、助手席からハンドルを回す仕草が格好いいとか、教え方がすごく丁寧でいいとか、あんなに小柄に見えるのにやっぱり座席は一番後ろだ、とかなんとか。白い手袋の下の銀色のリングを見たものは誰もいなかったらしい。
そう、彼、本田菊は既婚者だ。
さぞ可愛い、大和撫子な奥さんを持っているんだろうな、と思われるかも知れないが、相手はこの自分である。
先ほどの「おや、おもてになるんですね、」の言葉がうそ寒いのはその所為だ。
受付の周りからは、お昼休みに入るため、生徒たちも休憩室へ出払ってもう誰もいない。居るのは事務の女の子が数人、だけだ。
「お昼、どうする?」
さくさく歩いていってしまうので、それを追掛けるような形で菊の後に続く。
「お弁当はありますけど・・・お茶を買わねばなりません。水筒を忘れてしまったんです。用意はしていたのですけど・・・・ヴァルガスさんも来ますか?」
「うん」
即答すると、彼は少し笑った。
階段を降りて、外に設置されたプレハブ小屋の休憩室へ。
中は学生たちで満杯だ。学生の多いこの時期だが、休憩室に机も椅子も少ないので、あぶれてしまった生徒たちは、教室内は飲食禁止なので、受付前の待ち合いスペースか、それでもあぶれてしまったら、残念だが寒い中休憩室の席が空くのをまつか、食事の時間をずらして自習室で勉強するしかない。
教官が入ってきたのが意外で驚いたのか、誰もが首をぐりん、とこちらへ向けて見ているのが面白い。
さっきまで大きな声が聞こえていたのに、とたんに皆、声のトーンが低くなる。聞き耳を立てているのが明らかだ。
「どれにします?」
先にお金を入れていた菊が、言う。
「えっとね・・・。」
「コーヒーにします?」
微糖とかかれたパッケージのコーヒーを指差した。
「ん・・・やめとく。なんだか口がねばねばするんだもん」
「はあ、あ、私は普通にお茶にします。」
さっさとお茶を選んでボタンを押すと、ごとんという音とともに、シブい、シブ過ぎるパッケージのお茶が顔を出した。
「で、ヴァルガスさんは?」
「俺もお茶でいいや・・・・」
同じ物を選んで手に取ると、残っていたおつりをついでに回収して菊の手に乗せた。
「今日のお弁当も美味しそう・・・!」
指導員の詰め所でお弁当を開くと、ここの学生をしていたときに一度だけ食べる事ができた、2人が恋人になるきっかけになったお弁当よりもさらに豪華に見えるおかずたちが収まっていた。
「ヴァルガスさん、どうぞ」
菊の手から取り皿を受け取ると、さっそく頬張り始めた。
「あ!菊ちゃんお弁当美味しそうだね〜分けて欲しいなあ」
「何何、どないしたん・・・ってやっぱりほんま、料理上手いんやなあ・・・うらやましいわ・・」
通りすがりの指導員たちも感嘆の声を上げてじと目で見て去って行く。
「美味しい!」
「それはそれは、よございました。でも、残念です・・・・彼女、とってもいい方でしたのに。いいんですか?振ってしまって」
なんだか言い方にとげがある、気がする。
「菊?」
「なんでしょうか、ヴァルガスさん」
「フェリシアーノって呼んでよ・・・・・・」
「ヴァルガスさん、食べないんですか?」
「菊?」
さっきの言葉で、原因ははっきりしている。
やはり恋人どうしてであっても、互いに誓いの指輪をしているとしても、相手を信じていても、相手が誰かに言いよられているのは良い気はしない。
自分がそうだから、菊もそうだというのは少し嬉しくも有る。
年下だから、いつも余裕がないのだ。
わざと元気な声で、
「あ!そうだ、菊、今日は俺がご飯作るよ!何がいい?」と言ったら、
菊はひとつため息をついて、
「じゃあ、冷製パスタで」と言った。
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