蒼朽の空
伊日。
ひとつひとつ、トラウマを塗り替える
ひとつひとつ、トラウマを塗り替える
蒼朽の空
その日はやけに、彼の眸が怖かった。
今思い返したら、こうなったのも予期できた筈だと思うのだが、なにぶん彼に心底、憔悴していた自分には、小さな違和感なんぞとるにたらない出来事なのだ。
もし、時間を巻き戻せるというのなら、私は多分、その時に戻って、彼に見つからないようにそっと家を出るだろう。
そうしなかったなら、きっと今と同じ、手足に枷をはめられて、一日中見飽きた天井を視界いっぱいに捉えるしかなくなってしまうのだから。
もう刷れて赤くなるどころの騒ぎではなく、血の滲む手足。
枷の向こうには多少動く事ができるようにと思ったのか鎖がのびて、その向こうにはこの鎖が繋がっているベッドがあった。
一体彼はいつからここを用意していたのだろう、いつからこんな風にしか人を愛せなくなったのだろう。私の記憶では、彼はいつも皆の中心で、華やかで、自己中心的ではあるものの、確かに、頼りになるとは言えなかったが、私にとっては代え難い重要な人物で、それほど大きくはない彼の背中も大きく感じていた。
微かに、風の音が耳に入った。
これでおしまいだ。
「さようなら」
「日本、平気?」
頭がやけに重くて、体も泥のようだ。
はい、と言おうとしたら、失敗して風の音がひょい、と鳴った。
一体なんだったのだろうか、恐ろしい夢を見ていた気がする。
慌てて視線を巡らせても、そこは夢に見たあの真っ白な恐ろしい空間とは全く違い、見慣れた木の天井と、井草の匂いが鼻腔をくすぐる。
びっしょりと汗をかいていた。
「ええ、はい、平気です・・・」
差し出された水を一気に煽ると、ようやく声も掠れてはいるが、きちんと役目を果たしてくれた。
夢か現実か解らないが心臓が軋むほど鮮明な記憶に首を傾げる。
何だったのか、その問いが何度も何度も巡って同じ場所でとまる。
夢だったのだろう、そうに違いない。
だって、この優しい彼があんなことに成る筈がないのだから。想像することすら愚かだと言える。
ふう、と息を吐くと、彼の視線とかちあった。
「イタリアくん?・・・・私、一体どうしたんでしょう。倒れたんですか?」
恐る恐る問うと、きゅっと眉根を寄せた彼は、哀しそうに頷いた。
「ごめんね・・・・全然気付いてあげられなくて。守ってあげられなくて、ごめん」
強く唇を噛んだせいで、血がにじんでいるのが見て取れた。
「そんな・・・・何があったかは解りませんが、謝らないでください。私、ちっとも覚えていないんですから。」
「ヴェ・・・・・あのね、熱中症になってたみたい。今日はすごく熱いから・・・」
からん、と音を立てて、彼がくれたカラフェの氷が水の中を泳ぐ。
じんわりと記憶が蘇る。
そうだった、裏庭の家庭菜園で手入れをしていたのだった。
彼も一緒に。スペインさんにもらった大きな麦わら帽子を、熱いね、熱いよ、と言ってぜいぜいとしているイタリアくんに貸してしまったので、自分は手ぬぐいでほっかむりスタイルで太陽の刺すような光から逃げていた筈だったのだが、やはりこの熱さでは効果はなかったらしい。
揺れる視界のなか、青色の空が見えて、それで思い出してしまったのだった。
嫌な物を思い出してしまった物だと内心苦虫をかみつぶす。
せっかく彼がはるばるやって来てくれたというのに、正直いつまでも過去に捕われていたくはない。
せっかくなのだから、めいっぱい、普通の休暇として過ごしたい物なのだが。
「日本は体調悪いって解ってたのに・・・・ごめんね・・・・」
くるん、までしょげかえっている様が、なんだかとってもかわいらしい。
「いいえ、いいんです。貴方が居てくれるからとっても助かります。もしいらしてくださらなかったら・・・想像するのも恐ろしいです。」
嫌な過去を見ても、手を引っ張ってくれる人が居なければ、また記憶の底に引き込まれて、起き上がる事もできなくなってしまうのに違いないのだから。
「俺、日本の役にたってるかなあ・・・・」
「もちろんです!」
きゅうにぎゅっと抱きしめられて、焦るものの、彼の心音に心が凪いだ。
「あ、あのねえ、日本俺・・・・俺さ・・・・・」
「・・・・・水風呂でも入りますか?気持ちいいですよ」
言わせまいと、遮ると、がっくりと肩をおとす様がまた面白い。くすくす笑って体を離すと、即座に口づけが降って来た。
「ん・・・・・、」
じゃれる猫のように、畳の上に転がり、キスを楽しむ。
また、窓の外、青空が見えたが、こんどは青い眸など、思い出す事はなかった。
その日はやけに、彼の眸が怖かった。
今思い返したら、こうなったのも予期できた筈だと思うのだが、なにぶん彼に心底、憔悴していた自分には、小さな違和感なんぞとるにたらない出来事なのだ。
もし、時間を巻き戻せるというのなら、私は多分、その時に戻って、彼に見つからないようにそっと家を出るだろう。
そうしなかったなら、きっと今と同じ、手足に枷をはめられて、一日中見飽きた天井を視界いっぱいに捉えるしかなくなってしまうのだから。
もう刷れて赤くなるどころの騒ぎではなく、血の滲む手足。
枷の向こうには多少動く事ができるようにと思ったのか鎖がのびて、その向こうにはこの鎖が繋がっているベッドがあった。
一体彼はいつからここを用意していたのだろう、いつからこんな風にしか人を愛せなくなったのだろう。私の記憶では、彼はいつも皆の中心で、華やかで、自己中心的ではあるものの、確かに、頼りになるとは言えなかったが、私にとっては代え難い重要な人物で、それほど大きくはない彼の背中も大きく感じていた。
微かに、風の音が耳に入った。
これでおしまいだ。
「さようなら」
「日本、平気?」
頭がやけに重くて、体も泥のようだ。
はい、と言おうとしたら、失敗して風の音がひょい、と鳴った。
一体なんだったのだろうか、恐ろしい夢を見ていた気がする。
慌てて視線を巡らせても、そこは夢に見たあの真っ白な恐ろしい空間とは全く違い、見慣れた木の天井と、井草の匂いが鼻腔をくすぐる。
びっしょりと汗をかいていた。
「ええ、はい、平気です・・・」
差し出された水を一気に煽ると、ようやく声も掠れてはいるが、きちんと役目を果たしてくれた。
夢か現実か解らないが心臓が軋むほど鮮明な記憶に首を傾げる。
何だったのか、その問いが何度も何度も巡って同じ場所でとまる。
夢だったのだろう、そうに違いない。
だって、この優しい彼があんなことに成る筈がないのだから。想像することすら愚かだと言える。
ふう、と息を吐くと、彼の視線とかちあった。
「イタリアくん?・・・・私、一体どうしたんでしょう。倒れたんですか?」
恐る恐る問うと、きゅっと眉根を寄せた彼は、哀しそうに頷いた。
「ごめんね・・・・全然気付いてあげられなくて。守ってあげられなくて、ごめん」
強く唇を噛んだせいで、血がにじんでいるのが見て取れた。
「そんな・・・・何があったかは解りませんが、謝らないでください。私、ちっとも覚えていないんですから。」
「ヴェ・・・・・あのね、熱中症になってたみたい。今日はすごく熱いから・・・」
からん、と音を立てて、彼がくれたカラフェの氷が水の中を泳ぐ。
じんわりと記憶が蘇る。
そうだった、裏庭の家庭菜園で手入れをしていたのだった。
彼も一緒に。スペインさんにもらった大きな麦わら帽子を、熱いね、熱いよ、と言ってぜいぜいとしているイタリアくんに貸してしまったので、自分は手ぬぐいでほっかむりスタイルで太陽の刺すような光から逃げていた筈だったのだが、やはりこの熱さでは効果はなかったらしい。
揺れる視界のなか、青色の空が見えて、それで思い出してしまったのだった。
嫌な物を思い出してしまった物だと内心苦虫をかみつぶす。
せっかく彼がはるばるやって来てくれたというのに、正直いつまでも過去に捕われていたくはない。
せっかくなのだから、めいっぱい、普通の休暇として過ごしたい物なのだが。
「日本は体調悪いって解ってたのに・・・・ごめんね・・・・」
くるん、までしょげかえっている様が、なんだかとってもかわいらしい。
「いいえ、いいんです。貴方が居てくれるからとっても助かります。もしいらしてくださらなかったら・・・想像するのも恐ろしいです。」
嫌な過去を見ても、手を引っ張ってくれる人が居なければ、また記憶の底に引き込まれて、起き上がる事もできなくなってしまうのに違いないのだから。
「俺、日本の役にたってるかなあ・・・・」
「もちろんです!」
きゅうにぎゅっと抱きしめられて、焦るものの、彼の心音に心が凪いだ。
「あ、あのねえ、日本俺・・・・俺さ・・・・・」
「・・・・・水風呂でも入りますか?気持ちいいですよ」
言わせまいと、遮ると、がっくりと肩をおとす様がまた面白い。くすくす笑って体を離すと、即座に口づけが降って来た。
「ん・・・・・、」
じゃれる猫のように、畳の上に転がり、キスを楽しむ。
また、窓の外、青空が見えたが、こんどは青い眸など、思い出す事はなかった。
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店名:三日月商會
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