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あの時すべて、捨てればよかった。

伊日
奥さんシリーズ。
史実表現注意。
あの時すべて、捨てればよかった。




















追いかけて、追いつけるならどれだけ果てしない道のりだって、走っていける。
けれど、追いかけて追いかけて追いかけても、あの愛しい姿をこの視線の端にも映す事はできない。
今の自分は無力だった。

「日本の様子はどうなの?もう平気なの?」
彼を知る誰もが目を背けたくなるような酷い結果を持ってして終焉を迎えた先の戦争から、もうすでに一年が経っていた。
彼に最後に会ったのは、その戦争が始まる直前だし、それから初めの方は交わしていた手紙も、自分の早々とした降伏により絶たれたから、連絡はそれ以降一度もとって居ない。
何もかもを喪ったといえる彼が、ほとんど、別人になってしまったとも言われる彼が、自分を覚えていてくれているかも定かではない。
しかし、この胸には明らかに、まだ彼と過ごした日々が光と共に宿り続け、彼に対して抱いたこのこころもそのままだ。
あの最後にあったその日、好きだと伝えた事も、覚えている。
自国の、公邸での集まりで、唯一気軽に話しかけられて、なおかつ彼の様子を知り得るフランスを捕まえて問いかけた。
「ん、ああ......まあ、どうかな。まだ時間はかかりそうだと思うけど?そういや今度の会議でアメリカが連れてくって言ってたかな。」
自慢の顎に生えた整えられたヒゲを触りながら、フランスは遠くを見るようにして言った。
「それ、本当?....俺、日本に会いたいんだけど....どうにか二人で会えないかなあ~」
「ん~、多分難しいと思うよ、なんて言っても、イギリスとアメリカと、ロシアにがっちりだからね...正直、アメリカ無しじゃもう日本は生きていけない体だし、」
脳裏に、アメリカの姿と、その後ろに隠れるようにして立つ日本の姿が映った。
「...会いたいよ....」
漏れた小さな呟きに気づいて、フランスが悲しそうにこちらを振り返った。

「日本、平気かい?」
甲斐甲斐しいようでそうではない仕草で、アメリカさんが手を引く。久しぶりに出た外界の太陽の色の違いや、建物の美しさに目を細める。自分の国はまだまだあの悲しい戦争の傷跡が残っている。
彼に手を引かれて、未だに上手く動かない体を無理から動かした。
何のためか、これ以上私から何を奪うというのか、僅かに残った矜持さへも奪うつもりか、彼はこんな状態の私を連れて行くという。
注がれるであろう視線を思えば、感情の薄くなった自分とはいえさすがに嫌気がさすというものだ。
「・・・ええ」
短く返事をして、握られていた腕を振り払った。
「ならいいんだけど!さ、行こう」
左目の眼帯の所為で、視界が遮られて見えないが、彼が扉を開けたのが分かる。
さざ波のように押し寄せる集まった国々の話し声が、一瞬にして静寂に包まれた。
無事なもう一方の目で、彼の姿を探す。
きっと、もうあの日最後の日に好きだと彼が私に告げたことは覚えていないに違いない。
そしてそれがどれほど私を強くしたかも。
窓際、カーテンの近くに、その彼の姿は見つかった。
やさしい色の髪、くるんとした癖毛、隣には彼の兄や、スペインさん、フランスさん、ドイツさん・・・見慣れた顔がある。
じっと熱い眸がかち合った。
「日本、こっちをみるんだぞ」
しかし、懐かしさに胸が震えるのもそこそこに、また腕をぐいと引かれた。
「君は、俺のなんだからこっち!」
「・・・・・・・・はい・・・・」
この心が誰を待っているとか、誰が好きだとか、もうそんなことはこれからは感じるさへ殺してしまおう。モノであるならそんな感情は不用のモノだ。
そうして眸を閉じて、また開ければ、世界が全部、変わっていた気がした。

ずっと見たかった姿だったというのに、こんなにも嬉しくないだなんて、複雑な思いに駆られるなんて、思いもしていなかった。
白い眼帯は痛々しく、未だ傷が治っていないのか、スーツの襟首から、袖から、包帯が見える。
あの黒々と輝く宝石のような髪は輝きを失い、黒曜石の眸は力も意思も失っていた。
ぼうっとして、どこか別の時限に暮らしているようにさへ思える。
以前より一回り程小さくも見える。
「日本・・・」
哀しくて悔しくて仕方ない。
隣に座った兄も、ドイツも、同じ気持ちだろうか。
もうどうしたってあの辛くも楽しかった日々にもどることはできないのだ。
「・・・イタリア、会議中だぞ」
「分かってる・・・でも、だって、」
とっさに机に突っ伏した。
涙が後から後から流れて止まらない。頭の中には日本の笑顔がいっぱいになっているのに、こんなにも近くに居るのに、地球の反対側よりもずっともっと遠くにいるみたいに思えしかたないのだ。
あのとき、どうして止める上司を兄を振り切ってでも彼のところに駆けつけなかったんだろう、無理矢理にでも、駆けつければ良かった、もっと好きだと伝えればよかった。
けれど、二度と日本から、好きだと言ってもらえないと、日本がこっちをみて微笑みかけてくれる事はないと、そう分かった。
彼の一番にはなれないのだ。


こんなことになるなら、あのとき、全てを捨ててしまえばよかった。
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