さよならにさよなら
ロヴィ菊
(完結)
(完結)
さよならにさよなら
そのままの番号を使っていたら、話せば良いし、もし番号が変わっているのならば、それまでだ。
しかし、決意して電話をかけたというのに、無機質な音を聞いているだけなのに、頭に血が上って、心臓が早鐘を打つのだった。
心なしか、手も震えている気がする。
なんとか気を発散させようと、立ち止まりかけていた足を進めて、マンションのエレベーターに乗り込む。
未だ、無機質な音が続いている。
『・・・・もしもし?』
その声は知っている声で、聞きたかった声でもある。だというのに、開いたエレベータの中、声を出す事が出来なかった。
気分も乗らなければ、上の空で、フライパンを握る手にもどうにもやる気が出ない。
あの日を境にずっと見ていなかった、ちらっと見ただけでなく、きちんと、正面からみた彼はあの時と何ら変わっておらず、けれど2人の間にある長い時間の壁と、なんとなく漂う気まずい空気がそのまま一歩を踏み出す事が出来ずに燻ることになってしまった。
あのまま、脇目も振らずに追掛けて手を引っ張っていたら、と今更考えても意味の無い事ばかりが頭の中を巡って仕方ない。
「はあ・・・・」
何度ついたか知れないため息をまたついたところで、アントーニョの持っていたトマトが頭に命中した。
「いってえな!何すんだよ」
振り向いてわめいたら、存外真面目な顔をしていてうっと言葉につまる。
アントーニョは神妙な顔で、いつもとは全然違う、へらへらしていない、しゃきっとした本当に真面目な顔で言った。
「なあ、ロヴィ、菊ちゃんのこと好きなんやろ?まだ、好きなんやんな?」
「うるせえよ・・・・」
ここで気持ちを言ったって何になるっていうんだろう、こいつに菊が好きだと言うなんてことはまったくもって意味がないことだ。そんなことくらいわかる。しかし、アントーニョははぐらかそうとしたのだと勘違いしたのかなんなのか、もっと声音をきつくして、言う。
「真剣に言っとるんや。答えぇ」
「・・チッ・・・好きだよ・・・・ずっと。」
あの日、夕闇のなか、かわした接吻の感覚が蘇る。あの日からずっと、過去の中で生きて来た気がする。
その答えに満足したのか、アントーニョがにやっと笑った。
「うん、そしたら、コレやるわ。もう上がってええよ帰りぃ。ほなね」
あれよあれよと言う間に、なにやら薄汚れた紙を握らされ、気がつけばあっというまに店の裏口にぽつんと立っていた。
かさかさと音を立てて紙を開けば、アントーニョの筆跡で、誰のもとのも知れない住所が綴られていた。
誰のものとも、というのは解っている。これは菊のものに違いなかった。
「あいつ・・・なんで菊の住所知っんだよ・・・」
緊張か、興奮か、心臓が苦しいし、住所の紙を持っている手が震えた。
ためらいを振り切って、その住所が示す場所へと踏み出した。
行き着いた先は、綺麗なマンションで、手入れが行き届いているのか、エントランスも塵一つない。
エレベーターでその階まで上がって、『本田』という表札が、彼の筆跡できっちりと、丁寧な文字で綴られていた。
しかし、呼び鈴を鳴らしても、返事は返ってこない。
いっそ、今日尋ねるのはやめて、密かにこのマンションに引っ越して来て偶然を装うのもいいかも知れない、そう思ったとき、携帯電話が鳴った。
高校生の時から使っているので、色が剥げていてしかも今のテレビのコマーシャルで流れる洗練された機種たちとは明らかに厚みもなにもかも違う。ぽってりとした形で、以前は弟とお揃いだったものだ。弟はすでに新しい物に変えてしまっているが、この携帯電話を見る度に、「兄ちゃん、もういい加減かえたら?」と言って、自分だって菊の事が好きだった、というかどうせ今も好きなくせになんとか忘れようとして携帯電話を変えたくせにそんなことを苦笑いでもってして言うのだ。
「もしもし?」
もう、使いすぎて幾分か掠れて見えない通話ボタンを押すと、右側のエレベーターの扉が開くのが気配で分かった。
電話の向こうからは何も聞こえてこないが、この電話が誰からかかって来たのかは、考えなければ解らないものではなかった。
携帯をゆっくりと耳元から離しエレベーターの中、動けずにいるその人の名前を呼んだ。
「菊、」
声が掠れてしまっていて、恥ずかしいし、心臓がうるさ過ぎるし、なんだか口から飛び出てしまいそうだ。止まっていた時間が動き出した気がした。
「ろ、ロヴィーノ、くん・・・・」
この声で、名前を呼ばれる事をこんなに喜ばしく、待ち望んでいたのだと、呼ばれて初めて気がついた。想像していたよりも、もっと甘く低い彼の声は、脳にじりじりと響いて麻酔のように広がる。
気がつけば、エレベーターを出た菊を抱き寄せて、あの頃より少しやせた気がする体をそっと撫でた。
菊の持つ彼らしい高貴な香りのする首元に顔を埋めると、ずっと頭の中で反芻して、彼に言いたかった言葉を2人だけに聞こえる声で言う。
すると、答えるように菊はぎゅっと背中のシャツを握り返した。
「ロヴィーノくん、今日のおすすめはなんですか?」
カウンター越しにそう言うと、照れて耳を赤くしながら、明後日の方向を向いて、彼は言う。
「あー、そうだな・・・・ナポリタン・・・とか作ってやろうか?」
「おお・・・・!本場のナポリタン!」
彼は、とても料理が上手いのだ。高校生のとき、家庭科の調理実習でいつも一緒に作業していたが、その時から上手かったから、そういう才能があったのだろう。現に、今はリストランテをやっている。
「ナポリタンはイタリア料理じゃねーよ!」
昼の営業時間はとうに過ぎている。夜の開店まではまだまだ時間に余裕があるので、そこを狙って、昼の休憩をとるようにしているので、最近は毎日ここへきている。
つい何ヶ月か前までは、思い出の中にしか生きていなかった彼が、実際ここにこうして笑って話してくれているのがどうしようもなく嬉しい。
「はいはい、お2人さん仲良ぉてよかったね、・・・・・・ところで」
ロヴィーノくんの隣からひょっこり、フランシスさんとアントーニョさんが顔を覗かせて、それはそれは悪い笑みを見せている。
「な、なんです?」
「ねえ、2人は実際、今どこまで行ってんの?」
そう言いながら、親指と人差し指で円を作り、もう片方の手の人差し指をそこへ入れたり出したりしてにんまり笑っているのは、フランシスさんだ。
「ちょっと・・・・?」
訳も解らず、首を傾げていると、今度は耳までどころか全身トマト色に鳴ったロヴィーノくんが、
「うるっっせえなお前ら!下品な事言ってんじゃねえよ!あっちいけ、シッシ!」
と言った。
そのままの番号を使っていたら、話せば良いし、もし番号が変わっているのならば、それまでだ。
しかし、決意して電話をかけたというのに、無機質な音を聞いているだけなのに、頭に血が上って、心臓が早鐘を打つのだった。
心なしか、手も震えている気がする。
なんとか気を発散させようと、立ち止まりかけていた足を進めて、マンションのエレベーターに乗り込む。
未だ、無機質な音が続いている。
『・・・・もしもし?』
その声は知っている声で、聞きたかった声でもある。だというのに、開いたエレベータの中、声を出す事が出来なかった。
気分も乗らなければ、上の空で、フライパンを握る手にもどうにもやる気が出ない。
あの日を境にずっと見ていなかった、ちらっと見ただけでなく、きちんと、正面からみた彼はあの時と何ら変わっておらず、けれど2人の間にある長い時間の壁と、なんとなく漂う気まずい空気がそのまま一歩を踏み出す事が出来ずに燻ることになってしまった。
あのまま、脇目も振らずに追掛けて手を引っ張っていたら、と今更考えても意味の無い事ばかりが頭の中を巡って仕方ない。
「はあ・・・・」
何度ついたか知れないため息をまたついたところで、アントーニョの持っていたトマトが頭に命中した。
「いってえな!何すんだよ」
振り向いてわめいたら、存外真面目な顔をしていてうっと言葉につまる。
アントーニョは神妙な顔で、いつもとは全然違う、へらへらしていない、しゃきっとした本当に真面目な顔で言った。
「なあ、ロヴィ、菊ちゃんのこと好きなんやろ?まだ、好きなんやんな?」
「うるせえよ・・・・」
ここで気持ちを言ったって何になるっていうんだろう、こいつに菊が好きだと言うなんてことはまったくもって意味がないことだ。そんなことくらいわかる。しかし、アントーニョははぐらかそうとしたのだと勘違いしたのかなんなのか、もっと声音をきつくして、言う。
「真剣に言っとるんや。答えぇ」
「・・チッ・・・好きだよ・・・・ずっと。」
あの日、夕闇のなか、かわした接吻の感覚が蘇る。あの日からずっと、過去の中で生きて来た気がする。
その答えに満足したのか、アントーニョがにやっと笑った。
「うん、そしたら、コレやるわ。もう上がってええよ帰りぃ。ほなね」
あれよあれよと言う間に、なにやら薄汚れた紙を握らされ、気がつけばあっというまに店の裏口にぽつんと立っていた。
かさかさと音を立てて紙を開けば、アントーニョの筆跡で、誰のもとのも知れない住所が綴られていた。
誰のものとも、というのは解っている。これは菊のものに違いなかった。
「あいつ・・・なんで菊の住所知っんだよ・・・」
緊張か、興奮か、心臓が苦しいし、住所の紙を持っている手が震えた。
ためらいを振り切って、その住所が示す場所へと踏み出した。
行き着いた先は、綺麗なマンションで、手入れが行き届いているのか、エントランスも塵一つない。
エレベーターでその階まで上がって、『本田』という表札が、彼の筆跡できっちりと、丁寧な文字で綴られていた。
しかし、呼び鈴を鳴らしても、返事は返ってこない。
いっそ、今日尋ねるのはやめて、密かにこのマンションに引っ越して来て偶然を装うのもいいかも知れない、そう思ったとき、携帯電話が鳴った。
高校生の時から使っているので、色が剥げていてしかも今のテレビのコマーシャルで流れる洗練された機種たちとは明らかに厚みもなにもかも違う。ぽってりとした形で、以前は弟とお揃いだったものだ。弟はすでに新しい物に変えてしまっているが、この携帯電話を見る度に、「兄ちゃん、もういい加減かえたら?」と言って、自分だって菊の事が好きだった、というかどうせ今も好きなくせになんとか忘れようとして携帯電話を変えたくせにそんなことを苦笑いでもってして言うのだ。
「もしもし?」
もう、使いすぎて幾分か掠れて見えない通話ボタンを押すと、右側のエレベーターの扉が開くのが気配で分かった。
電話の向こうからは何も聞こえてこないが、この電話が誰からかかって来たのかは、考えなければ解らないものではなかった。
携帯をゆっくりと耳元から離しエレベーターの中、動けずにいるその人の名前を呼んだ。
「菊、」
声が掠れてしまっていて、恥ずかしいし、心臓がうるさ過ぎるし、なんだか口から飛び出てしまいそうだ。止まっていた時間が動き出した気がした。
「ろ、ロヴィーノ、くん・・・・」
この声で、名前を呼ばれる事をこんなに喜ばしく、待ち望んでいたのだと、呼ばれて初めて気がついた。想像していたよりも、もっと甘く低い彼の声は、脳にじりじりと響いて麻酔のように広がる。
気がつけば、エレベーターを出た菊を抱き寄せて、あの頃より少しやせた気がする体をそっと撫でた。
菊の持つ彼らしい高貴な香りのする首元に顔を埋めると、ずっと頭の中で反芻して、彼に言いたかった言葉を2人だけに聞こえる声で言う。
すると、答えるように菊はぎゅっと背中のシャツを握り返した。
「ロヴィーノくん、今日のおすすめはなんですか?」
カウンター越しにそう言うと、照れて耳を赤くしながら、明後日の方向を向いて、彼は言う。
「あー、そうだな・・・・ナポリタン・・・とか作ってやろうか?」
「おお・・・・!本場のナポリタン!」
彼は、とても料理が上手いのだ。高校生のとき、家庭科の調理実習でいつも一緒に作業していたが、その時から上手かったから、そういう才能があったのだろう。現に、今はリストランテをやっている。
「ナポリタンはイタリア料理じゃねーよ!」
昼の営業時間はとうに過ぎている。夜の開店まではまだまだ時間に余裕があるので、そこを狙って、昼の休憩をとるようにしているので、最近は毎日ここへきている。
つい何ヶ月か前までは、思い出の中にしか生きていなかった彼が、実際ここにこうして笑って話してくれているのがどうしようもなく嬉しい。
「はいはい、お2人さん仲良ぉてよかったね、・・・・・・ところで」
ロヴィーノくんの隣からひょっこり、フランシスさんとアントーニョさんが顔を覗かせて、それはそれは悪い笑みを見せている。
「な、なんです?」
「ねえ、2人は実際、今どこまで行ってんの?」
そう言いながら、親指と人差し指で円を作り、もう片方の手の人差し指をそこへ入れたり出したりしてにんまり笑っているのは、フランシスさんだ。
「ちょっと・・・・?」
訳も解らず、首を傾げていると、今度は耳までどころか全身トマト色に鳴ったロヴィーノくんが、
「うるっっせえなお前ら!下品な事言ってんじゃねえよ!あっちいけ、シッシ!」
と言った。
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