それは、「わだかまり」
ロヴィ菊。
タイムトリップから続き
タイムトリップから続き
それは、「わだかまり」
額にも、シャツの下の素肌にも、このクーラーの効いた店の中ではありえないのに汗が伝う。
焦りと恥ずかしさが極限まで達していて、頭が混乱していた。
周りで、後輩たちと、かつての友人たちが話をしているのに、自分は彼から視線を離す事ができず、あの緑色の果物のような、あめ玉のような眸から目をそらす事ができない。
「・・・・あ~・・・・・私、帰ります・・・」
小さな声でそれだけいうと、後ずさりして、急いで店を後にした。
後ろから、心配げな後輩たちの声と、不思議そうな声、そして、怒った「待てよ!」という声が聞こえたが、振り返る事はできなかった。
「何で、こんなところで店なんてやって、るん、ですか・・・・!」
もう二度と、会う事は無いと思っていたのに、自分のこの胸の感情が一体何なのかも解らない。
嬉しいのか、イヤなのか。ただ勝手に耐えきれずに走り出した。あの場に居たくなかったのだ。あの場に居る誰もが、自分があの街をさる日、あの夕暮れの中、口づけをかわした事も、今の自分にはあり得ないくらいに誰かを好きになって胸を焦がしていたという事実を、知られる気がして怖かった。
「はあ、・・・・・・っ!」
どれくらい走ったのか、いつの間にか図書館を通り越して、知人の商う料理店の前に立っていた。
一息つこう。
カランカランと小気味良い音を立てる鈴を鳴らして扉を開けて中に入ると、ここもまた知人の経営している店だ、あのとき別れを告げた筈の人たちがそろっていた。
「おや、菊、・・・・走って来たのかい?」
低い神秘的な声がくす、と笑うように流れる。
店内はまだ誰も居らず、皆にこにことして歓迎してくれているのがわかった。
「こんにちは、グプタさん。・・・サディクさんも、ヘラクレスさんも」
カウンターに座れば、中に居たサディクさんがさっと冷たいチャイを差し出してくれた。
夏の終わりに近づいているからと言っても、この気温で走れば汗が噴き出してくるものだ。
おまけに息も上がっていてみっともないったらないが、彼らは皆なにも言う事無く、にっこりと笑うだけだ。
「ふう、はあ・・・・美味しい。」
喉を通って冷たいものが体の温度を下げてくれる。
「そりゃ作りがいがあるってもんで」
彼らは何故自分がこの地域で暮らしていて、近くの図書館に勤務していると知っているのかある日突然、知れっとして三人で教えていない、今は一人暮らしの自宅に挨拶に来たとおもったら、しばらくしたらこんなところに店ができていた。
不思議な三人だが、馴染みで懐かしかったのは事実。
彼らにはきちんと挨拶をしてあの街を出たから、会いにくいということもなかった。
一息ついて、ぐでっとしていると、隣にやってきたヘラクレスさんが、濡れたハンカチを差し出して来て、使って、と言ってにこっと笑った。
「いや、何から何まですみませんね。」
「そういえば・・・・前に、菊、お前にとってはどうかは知らないけれど、懐かしい面々を見かけたよ」
反対側の隣に座ったグプタさんが、壷の中のお菓子を出してこちらに差し出しながら言う。
何となく、その昔懐かしい面々、というのが誰だか解る気がする。
「・・・・何と言っていたかな、カリエドと、ボヌフォア、あと・・・・」
「じいさん、やめとけ、」
途中まで言ったグプタさんを遮ったのは以外にもサディクさんだった。
あの2人の名前が出た時点で自分では解っていた分、彼のその言葉は無意味になってしまったが知らない上ではとても意味のある物になっただろう。
「いいんですよ、サディクさん。ロヴィーノくん、でしょう?さっき、ティノくん達にお昼にと連れて行ってもらったお店がね、彼らの店だったようで・・・はは、逃げて来ちゃいました。」
我ながら、格好わるい。恥ずかしさのあまり逃げ出すなんて、一体なんだ。
「逃げた?・・・・お前さんロヴィーノのことまだ好きなんじゃあなかったのかい」
率直に疑問を口にする彼に、今度はヘラクレスさんが「黙れ、もっと・・・・ちゃんと・・・考えてからモノを、いえ」と怒られていた。
「好き、というか・・・なんだかもう、この感情がよくわからないんです・・・。ずっと彼の事を考えていたのは事実です。現に恋人だっていままで出来た試しがないですし。けど・・ただ故郷とか、楽しかったあの時を忘れたくなくて執着して美化しているだけなのかも知れないと、ずっと同時に考えていまして・・・それで結局、なんだか顔をみたら急に恥ずかしくなってしまいました。」
そうだ、頭の中で何度も何度も未練がましく作り上げられた再会の物語はもっとスマートでドラマチックだった筈だった。すり切れる程再生されたその再会のドラマは実際はちっともそんなドラマチックでスマートなんかじゃなくって、もっと訳の解らない妙な展開となってしまった。
あのドラマの中で、再会の瞬間、黙って転校した事を詫びてずっと好きだったと伝える筈だった。
「みっともないですよねえ・・・。」
夕暮れ、もうずいぶん傾き始めた空の下、とぼとぼと家路へとつく。
結局何時間も彼らに話を聞かせてしまった。もちろん、励ましの言葉や、アドバイスなんかも沢山ちょうだいした上、今両手にぶら下がっているのは食べきれるのか、いったい何人前なのかと思うくらいにたくさんの彼らの店のメニューを持って行けとタッパーに詰めたものだ。
「食べきれませんね、コレは・・・・。冷凍しておきますか。」
一人ごとを言って、ああ、そうだった、と荷物を腕に欠けてポケットから携帯電話を取り出す。
アプリが沢山並んだソレは、今や携帯電話とは別種のモノだと言える。
自分でもちょっと恥ずかしいが、言語設定はイタリア語だ。
勝手に帰ってしまったから、さぞかし彼らはびっくりしただろうし、心配しているだろう。
案の定、メールが沢山来ていた。
「はは、ベールヴァルドさん短いですねえ・・・『なした』って!」
仲が良い皆の事だから、明日出勤したときにはみんなに取り囲まれることは間違いなさそうだ。
ふふっと笑って、連絡先の中に、何年も前の物できっともう繋がらないだろうに、この何年も一度も通信を行っていないのに、機体を変えてもどうしても削除できなかった彼らの名前を見つける。
未練がましいというか、なんというか。
「今更、ですよね、」
自宅マンションまでこの角を曲がったらすぐだ。
よいっしょっといいながらもう一度腕に荷物をかけ直して、恐る恐る、彼の名前を押した。
額にも、シャツの下の素肌にも、このクーラーの効いた店の中ではありえないのに汗が伝う。
焦りと恥ずかしさが極限まで達していて、頭が混乱していた。
周りで、後輩たちと、かつての友人たちが話をしているのに、自分は彼から視線を離す事ができず、あの緑色の果物のような、あめ玉のような眸から目をそらす事ができない。
「・・・・あ~・・・・・私、帰ります・・・」
小さな声でそれだけいうと、後ずさりして、急いで店を後にした。
後ろから、心配げな後輩たちの声と、不思議そうな声、そして、怒った「待てよ!」という声が聞こえたが、振り返る事はできなかった。
「何で、こんなところで店なんてやって、るん、ですか・・・・!」
もう二度と、会う事は無いと思っていたのに、自分のこの胸の感情が一体何なのかも解らない。
嬉しいのか、イヤなのか。ただ勝手に耐えきれずに走り出した。あの場に居たくなかったのだ。あの場に居る誰もが、自分があの街をさる日、あの夕暮れの中、口づけをかわした事も、今の自分にはあり得ないくらいに誰かを好きになって胸を焦がしていたという事実を、知られる気がして怖かった。
「はあ、・・・・・・っ!」
どれくらい走ったのか、いつの間にか図書館を通り越して、知人の商う料理店の前に立っていた。
一息つこう。
カランカランと小気味良い音を立てる鈴を鳴らして扉を開けて中に入ると、ここもまた知人の経営している店だ、あのとき別れを告げた筈の人たちがそろっていた。
「おや、菊、・・・・走って来たのかい?」
低い神秘的な声がくす、と笑うように流れる。
店内はまだ誰も居らず、皆にこにことして歓迎してくれているのがわかった。
「こんにちは、グプタさん。・・・サディクさんも、ヘラクレスさんも」
カウンターに座れば、中に居たサディクさんがさっと冷たいチャイを差し出してくれた。
夏の終わりに近づいているからと言っても、この気温で走れば汗が噴き出してくるものだ。
おまけに息も上がっていてみっともないったらないが、彼らは皆なにも言う事無く、にっこりと笑うだけだ。
「ふう、はあ・・・・美味しい。」
喉を通って冷たいものが体の温度を下げてくれる。
「そりゃ作りがいがあるってもんで」
彼らは何故自分がこの地域で暮らしていて、近くの図書館に勤務していると知っているのかある日突然、知れっとして三人で教えていない、今は一人暮らしの自宅に挨拶に来たとおもったら、しばらくしたらこんなところに店ができていた。
不思議な三人だが、馴染みで懐かしかったのは事実。
彼らにはきちんと挨拶をしてあの街を出たから、会いにくいということもなかった。
一息ついて、ぐでっとしていると、隣にやってきたヘラクレスさんが、濡れたハンカチを差し出して来て、使って、と言ってにこっと笑った。
「いや、何から何まですみませんね。」
「そういえば・・・・前に、菊、お前にとってはどうかは知らないけれど、懐かしい面々を見かけたよ」
反対側の隣に座ったグプタさんが、壷の中のお菓子を出してこちらに差し出しながら言う。
何となく、その昔懐かしい面々、というのが誰だか解る気がする。
「・・・・何と言っていたかな、カリエドと、ボヌフォア、あと・・・・」
「じいさん、やめとけ、」
途中まで言ったグプタさんを遮ったのは以外にもサディクさんだった。
あの2人の名前が出た時点で自分では解っていた分、彼のその言葉は無意味になってしまったが知らない上ではとても意味のある物になっただろう。
「いいんですよ、サディクさん。ロヴィーノくん、でしょう?さっき、ティノくん達にお昼にと連れて行ってもらったお店がね、彼らの店だったようで・・・はは、逃げて来ちゃいました。」
我ながら、格好わるい。恥ずかしさのあまり逃げ出すなんて、一体なんだ。
「逃げた?・・・・お前さんロヴィーノのことまだ好きなんじゃあなかったのかい」
率直に疑問を口にする彼に、今度はヘラクレスさんが「黙れ、もっと・・・・ちゃんと・・・考えてからモノを、いえ」と怒られていた。
「好き、というか・・・なんだかもう、この感情がよくわからないんです・・・。ずっと彼の事を考えていたのは事実です。現に恋人だっていままで出来た試しがないですし。けど・・ただ故郷とか、楽しかったあの時を忘れたくなくて執着して美化しているだけなのかも知れないと、ずっと同時に考えていまして・・・それで結局、なんだか顔をみたら急に恥ずかしくなってしまいました。」
そうだ、頭の中で何度も何度も未練がましく作り上げられた再会の物語はもっとスマートでドラマチックだった筈だった。すり切れる程再生されたその再会のドラマは実際はちっともそんなドラマチックでスマートなんかじゃなくって、もっと訳の解らない妙な展開となってしまった。
あのドラマの中で、再会の瞬間、黙って転校した事を詫びてずっと好きだったと伝える筈だった。
「みっともないですよねえ・・・。」
夕暮れ、もうずいぶん傾き始めた空の下、とぼとぼと家路へとつく。
結局何時間も彼らに話を聞かせてしまった。もちろん、励ましの言葉や、アドバイスなんかも沢山ちょうだいした上、今両手にぶら下がっているのは食べきれるのか、いったい何人前なのかと思うくらいにたくさんの彼らの店のメニューを持って行けとタッパーに詰めたものだ。
「食べきれませんね、コレは・・・・。冷凍しておきますか。」
一人ごとを言って、ああ、そうだった、と荷物を腕に欠けてポケットから携帯電話を取り出す。
アプリが沢山並んだソレは、今や携帯電話とは別種のモノだと言える。
自分でもちょっと恥ずかしいが、言語設定はイタリア語だ。
勝手に帰ってしまったから、さぞかし彼らはびっくりしただろうし、心配しているだろう。
案の定、メールが沢山来ていた。
「はは、ベールヴァルドさん短いですねえ・・・『なした』って!」
仲が良い皆の事だから、明日出勤したときにはみんなに取り囲まれることは間違いなさそうだ。
ふふっと笑って、連絡先の中に、何年も前の物できっともう繋がらないだろうに、この何年も一度も通信を行っていないのに、機体を変えてもどうしても削除できなかった彼らの名前を見つける。
未練がましいというか、なんというか。
「今更、ですよね、」
自宅マンションまでこの角を曲がったらすぐだ。
よいっしょっといいながらもう一度腕に荷物をかけ直して、恐る恐る、彼の名前を押した。
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店主:西條
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