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僕は君を好きなまま

ロヴィ菊。
「君が誰かを好きになっても」の続き、的な^^
僕は君を好きなまま













「ねえ、兄ちゃん、もう行こうよ・・・きのう、菊も先に行っててって言ってたんでしょ?遅刻しちゃうよ」
フェリシアーノが不安げな声をだして夏服の袖を引っ張った。
「あ?あー・・・」
昨日の事があって、まだなんだか浮ついている頭でも、仕方ないと切り替えて、自転車を押した。
本当なら、朝一番であの愛しい姿を眸に納めたかった。
踏切を越したところで待っていたアントーニョも、「ちょっとちょっと!急がな遅刻すんで!」と姿を見るなり自転車を漕ぎ始めた。
菊の居ない朝だった。

昨日の事を思い出すと、嬉しくってしかたない。
まだ、弟には何も言っていないが、告白の返事を頂いたのは自分である。
あいつが登校して来たらどんな顔をするだろう、やっぱり真っ赤になるだろうか、それとも顔も見れないくらいだろうか。それ以前に自分も真っ正面から菊の顔を見れるかどうか解らない。そんなことを考えながら、靴を履き替える。
菊の下駄箱には、何も入っていなかった。
「ねえ、菊、どうしたのかな・・・遅刻かな?」
朝のホームルームのチャイムが鳴り、校内放送で校長の長い話が始まっている。机の左側に起立したまま、後ろの席のフェリシアーノがこそっと耳打ちをした。
菊は今まで、遅刻をしたことはなかった。
と、いうか、遅刻をするときはだいたいフェリシアーノが寝坊したときくらいで、待ちぼうけた菊と、アントーニョは必然的に遅刻になるので、遅刻する時は同じだった。
ーでは、今日も一日、元気に明るく授業に励みましょうー
放送が終わって、皆それぞれわらわらと着席する。
隣の席は空いたままだ。
担任のアドナンが、出席を取り始めた。本田の名前だけ飛ばして読むから、なんだか胸騒ぎがする。
そして、それの理由はすぐに解った。アドナンは、渋い顔をして言ったのだ。
「あー、皆に伝えなきゃならねえことがある。・・・・本田菊だが、昨日をもって転校した。本田のたっての願いで、転校後まで事実を言わなかったんだが、すまない。」
頭の中が真っ白になった。
昨日の薄暮れの中、泣きそうな顔をして、顔を真っ赤にして好きですと言ってくれたのじゃなかったか。自分の想像していた「これから」がまっさらに打ち砕かれて、消え去ったと同時に、頭が酷く混乱していた。
「に、兄ちゃん・・・・」
後ろから聞こえる震える声も、頭に届かないくらいに。それからどうやって一日過ごしたかさっぱり覚えていないが、気がついたら、家の前だった。
なにをする気分にもなれずに、ベッドに制服から着替えもせずに飛び込んだ。
何が怒ったのかさっぱりだ・・・心の中でそう一人呟いた。
「ねえ、兄ちゃん、兄ちゃんさ・・・菊の事、好きだったでしょ?」
ふいに、視界に影が出来たとおもったら、夕焼けを背に、フェリシアーノがこちらを見下ろしていた。その表情は、逆行でよく見えなかったが、すこし震えていた。
「・・・・好きだったんじゃねーよ、今も好きなんだ・・・・」
だから、どうして何も言わずに行って閉まったのかと、心が軋んでいるのではないか。
「・・・・そうだよね。俺も、まだ菊のこと好きなままだ・・・」
あの日、2人そろって、菊に告白をしたのだ。
菊はすごく困った顔をして、放課後、一緒に帰ろうと待っていたのに何も言わずに一人で帰ってしまった。
なんとなく気まずくて、その翌日は別々に行く事に成るんだろうと思っていたら、菊はまじめで、「何も言わずに先にいったら、お二人を待ちぼうけさせるんじゃないかと思いまして」と言って、やっぱり登下校は一緒だった。
兄弟そろって同じ人を好きになったことで少し溝ができた2人の関係も、菊が返事をなかなかしないことで、いつしか癒えた。
結局のところ、菊に自分を選んで欲しいと思う反面、どちらかを切り捨てられるのも自分たちには耐えられなかったのかもしれない。
「・・・何で、何も言わねんだ・・・・」
もうすぐ夏の終わりも近づいて来ているというのに、鳴き残った蝉がジーワと小さくないた。

それから、何度か菊の住んでいた家まで行ったりしたが、表札は取り外され、閉め切った雨戸が、開かれることはなく、彼らが引っ越して行ったのだと主張していた。幼馴染みだったという担任のアドナンにも、事情を聞いたりしたが、大人はなんとも狡いもので、きっと自分は彼らの行き先を知っているんだろうに、一言だってそれらしいものは漏らさないまま、彼もまた逃げるように学園を辞めて行った。
自転車を引いて、弟と並んで学校へ行く。曲がり角で誰かを待つこともない。踏切まで何ともない話をして、その向こうに居るアントーニョと合流する。
菊の居ない毎日は淡々と過ぎて、ひとり欠けているというのに、誰も、何も、何事も無いように過ぎて行く。
クラスの、学年の、誰もが、確かにあった存在を忘れかけていた、いや、忘れていた。
けれど、この胸にはしっかりと、刻み付けられていて、薄れもしなければ、掠れもしなかった。
日増しに記憶は鮮やかになる一方で、この胸を悩ませた。
進路を決めるという話に成った時、ふと、菊の夢が図書館司書だったことを思い出した。
図書館に一番乗りで行った時の彼のあの興奮した様子は見物だった。
今も、同じ夢を抱いているのだろうか。
大学に行けば、もしかすると会えるかもしれない。どこへ引っ越したのかは結局わからなかったが、なんとなくそんなばかばかしいとも思える考えに取り付かれて、必死に勉強したが、結局大学で再開する事も出来ず、青春という時期をまったくもってそれ以降謳歌することもできずに宙ぶらりんなまま過ごした。
弟や、アントーニョたちもそれぞれ別の大学へ通い、変わらないままだと思っていた生活も徐々に一人欠けて、また一人欠けて、繋がりは薄くはならないが、それぞれが、互いに知らない世界を持ち始めた。
「おいおい、次のバスまであと1時間かよ・・・」
観光の帰り、ついつい長居してしまった所為で、気がつけば予定していたバスの時刻を1分オーバーしてしまった。なんとか間に合うかもしれないと走ったが、無情にも、1分たりとも遅れる事無く発車したようで、バス停には誰もいなかった。時刻表を見れば、次のバスまで1時間ある。
肩を落として振り返ったその時、視界に見覚えのある姿がよぎった。
「・・・菊?」
はっとして追掛ける。人ごみの中、目の前に人の波が出来て、押しのけなければ追掛けられない。
「おい!菊、菊!」
大きく叫んだけれど、人ごみに飲まれて、菊は気がつかないまま、行ってしまった。確かにあれは、見間違いようが無い、菊だった。何年もずっと思ったままこの目が見間違う筈が無い。変わりない姿に胸が熱くなった。
大学を卒業して、結局菊が目指していたからと、図書館司書の資格を取ったのだが、なんとなく合わず、1年で辞めてしまった。
その後は、弟の伝もあって、アントーニョとフランシスと三人でレストランをやっている。お客も、後の2人の容姿が幸いして、入りも上々で、すぐに固定客を掴み、繁盛している。けれど、まだ心の中にあの日の菊の顔だとか、触れたくちびるの熱だとか柔らかさだとかが忘れられず、周りに早く相手を見つけろと言われる始末だった。その度に、わかってる、というものの、どうしても、目が、探してしまうのだった。
「なあなあ、ちょっとあした図書館行こ思うねんけど、つき合ってくれへん?」
アントーニョが相変わらずのへらへら顔でレストランの厨房の片付けをしながら言った。明日は定休日だ。
「あー?別にいいけど。じゃあ帰りにあそこん近くのトルコ料理な」
「え?そんなんあるん?親分知らへんかった。いつできたん?」
近所、といえる距離ではないが、ここからローカル電車に乗って5駅先の県立図書館の近くの空き物件に二ヶ月程前にできたと、客の一人が教えてくれた。
「そうなんや。おもしろそうやね。うちらはフレンチ、イタリアン、スパニッシュやけど向こうはトルコ料理か・・・。せやけど、トルコ料理ってなんか有名なんあったっけ?」
「知らねぇよ」
「何ふざけたこと言ってんのよ、トルコ料理は世界三大料理の一つでしょうが・・・。飲み物だったら有名なところはチャイ、トルココーヒー、サーレップ!お前らレストランやってんだからさ、それくらい知っておいてよね」
カウンターの向こう側で客席を綺麗にしていたフランシスがにゅっと顔を出して言った。
「へー?そうなんやぁ〜」
「はいはいおしまい。帰るよ!」
慌ててだらだらと片付けの片付けをしていた手を止めて、ル・タブリエを引っ掛けて鞄を持って店を出た。

県立の図書館はとても広く、アントーニョは何の本を借りるのかと思えば、でかでかと「春画」と書かれた目も当てられない本を片手ににこにこしている。
「おい、終わったんならそれさっさとしまって行くぞ」
「ん〜?ん。なあ、あれさあ、・・・」
「なんだよ早くいくぞ!こっぱずかしい想いさせんじゃねーよ」
まだ何があるのか、わさわさ騒ぎだしたアントーニョを残して、さっさと静かな本の海から脱出した。
「なんなん、ちょっと、置いてかんといてぇな」
「だ!から、それを仕舞えーー!」
こんな往来でそんな表紙の本を堂々と持ち歩いて欲しくない。
アントーニョは心底心外そうにしぶしぶ大きなその本を手持ちの鞄に押し込めると、気分を切り替えたのか、「さっトルコ料理食べよか〜」と言って追い越して行った。
一瞬、なんだか胸を何かがよぎって振り返る。
静かなあの世界を、菊はこの国のどこかで生業として生きているのだろうか。



「・・・何年経ってんだか・・・・」
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