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センチメンタリズム

仏日。
ほんわかーした春の日には記憶をたどる夢を見る。
センチメンタリズム


















春の陽気に、風も少し暖まって、匂いは甘やかだ。
座ったベンチにも、咲きかかった桜の枝が身を乗り出している。
北欧の彼らの家のように、あからさまなほどの冬ではないが、冬はやはりどこか空も色が薄く、頭の中で描くその様子はいつも灰色かかって見える。
春になるにつれて、日が暮れるのが遅くなり、心がすこしずつ軽くなるのだ。
隣にしっかりと番をするぽちくんを座らせて、じっと芽吹き始めた桜を見つめると、ああそうだ、桜がつぼみをつけはじめたということは、つくしの季節だと思い至った。
つくしといえば、昔、近所に住んでいた子供が、学校の帰りに田んぼで見つけたと、両手いっぱいに溢れんばかりのつくしを乗せて、息堰切って、目を輝かせながら走ってやってきたのを思い出した。
自分も、そのあとその子供に連れられて、何年かそこへその季節になる度、つくしを収穫しに行っていたのだ。
子供の舌にはきっとあわないだろうつくしの和え物や炒め物を作ったりして味わった。
しかしいつしか周りは建物に囲まれ、つい去年、ああこんなところにもつくしがたくさんあるのか、来年の季節になったらさっそく採りに出かけようと、育ちすぎたつくしをみて思ったのだが、春がくる前にそこはコンクリートで固められた駐車場になってしまった。
その子供も、もうこの世にはいない。しわしわの老人になって、沢山の家族に看取られて逝ったのだろう。
脳裏に、めまぐるしく移り変わって来た長い時を思い浮かべる。
悲しい別れもそのなかにはあったし、赤ん坊だった筈の人が、子供から大人となり、そして老人になって魂だけになっていく姿をみるのは、なんど経験しても自分が人ではないと深く知ってまた心が壊れそうになる。
悠久を生きる自分たちには、人に理解できない痛みがある。しかし、人には自分が理解できない痛みがあるのだった。
足下の草が、人間とは相容れない時間を過ごすのと、犬猫のような畜生が、人と違う時間を生きるのと同じで、自分も、その集まりのなかの一つなのだろうから、きっとこの命はいつか終わるのだろう。ただ、言うなれば自分の一秒が、人間の一年であるようなものだっただけなのだ。
「日本、どしたの?」
じっと見ていた草むらの先、黒い靴の先がきらりと磨き上げられた革の輝きを放った。
「・・・ああ、フランスさん。」
彼は、ふっと笑うと、甘い香りをさせて隣に座った。やわくなったベンチが音を立てる。
「そんな暗い顔しちゃってさ。・・・もう春も近いんだし。いっくら春コミ落ちたからってそこまで落ち込むことないんじゃない?」
「違います。・・・あなたは空気の読める人だと思ってましたけど?」
嫌みを言ってねめつけると、フランスさんは柔らかく笑った。分かっていてわざと茶化したのだ。
「まあ、俺も毎年毎年、あの日だけはだめな訳だけどさ。」
彼の心の中にも、忘れられない人がいる。自分の中にも確かにいるが、思い出すのもつらく、それで毎年あの季節になると起き上がる事もできなくなるのだ。
「・・・平気ですよ。また、あなたの家に行って、家事もしますし、一緒にお墓参りもしてあげますから」
思い出巡りも、その人を思い出してなくこの人を見るのも、本当はつらいのだけれど、同族として、そして親しい仲として、痛みの分かる自分にできる、唯一のことであると言える。
「それはうれしいな~。・・・冗談抜きでね、日本がいるとすっごく安心するのよ、」
お洒落な伊達眼鏡のその奥の綺麗な眸が愛しさを孕んでいるのが分かって、つい、顔をそらす。
けれど、やっぱり思った通り、手は追って来て、すっとこの荒れた唇を親指がなぞって、気がついたら目の前は彼の綺麗な空色の眸で一杯になっているのだった。
「・・・・目、塞がないの?」
ちょっと唇を話して、フランスさんはそのままの至近距離で言う。
慌てて目を閉じたけれど、脳裏には新しく、かれの眸が焼き付いた。
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