別れを選んだ、でも愛してる
西日。
「それが怖くて」の続きっぽい。
別れを選んだ、でも愛してる
船は陸から静かに離れて、音も無く進んで行く。
岬の、先の方、今にも落ちそうな狭い足場に掴まるようにして、その姿を追う。
そうしてしばらくして、黒い点になって、次第に姿は見えなくなってしまった。
とうとう、彼は船の上に姿を見せなかった。
そっと唇を指でなぞる。彼と最後に交わした子供のような口づけを思い出す。
これでよかったのだろうか。いや、こうするしか他なかったのだ。
知らない自分の一部を垣間みて、これから少しずつ暴かれるだろう自分の本質に脅えて、新しい世界に脅えて、彼を拒絶した。
「日本、あんまりそんなとこおると、落ちてしまうで」
彼とよく似たイントネーションで、だが全く別ものの声が背後からかかって、どきりとして振り向く。
「・・・オランダさん」
「あいつのことはもお忘れることや。これは上が決めた事なんや」
それもそうだった。
自分たちは、いつも自由にしているようで、結局は思い通りにいかないことばかりだ。
自分の体であっても自分で身の振り方を考える事もできない。
たとえどんなに愛しい人であろうとも、上が決めれば敵となる。
愛し合っていようと、殺し合わなければならないのだ。
この身に宿る心は岩に打ち付ける波のように儚い。希望は持たない方がいいとは分かっている。
「・・・そうですね。行きましょうか、オランダさん。少し、冷えてきました。」
家へ帰れば、微かに香る、彼の香水の香り。
彼が置いて行った、美しい作りの香水瓶をそっと指でたどった。
「ふっ・・・・」
こみ上げる涙に、嗚咽が漏れる。
家中のかれの残して行った物を確認しては、そっと撫でた。
もう、かれのこの痕跡がこれ以上増える事はないのだ。
「ば・・・かですね、私、っふ、え・・・」
こんなに泣くなら、上司の言いつけもなにもかも無視して、彼をここにとどまらせれば良かったのに、それをしなかった自分を悔やむ。
もっと愛を伝えればよかった、もっと一緒に笑いたかった、いろんなところへ案内したかったし、彼と一緒にいたかった。
「もう、会えないのに・・・・!」
会えないと思えば思う程、この思いは大きくなって、頭の中一杯にひろがるのだった。
なんて空虚なのだろう、なんて広い家なんだろう。
空の同じところに代わらず太陽は輝くのに、ちっとも明るくない。
かんだ唇に、鉄の味がした。
また、なんてあるかどうかなんて分からない。自分を照らしていた太陽が失われたこの心は、どんよりと曇り、一向に晴れる気配などないのだった。むしろもうずっとこのまま曇ったまま、いつしかこの身も消えてしまえばいい。
そうしたら、魂だけになって彼に会いに行けるのに。
突っ伏した文机の上、広げた手紙に、ぽつりと染みが広がるのが見えた。
心臓が痛い。それでも、出会わなければよかったなんて、思いたくはなかった。
「弱虫で、ごめんなさい・・・・」
流れる波を見ながら、遠く、島の方を見つめる。
どうしても、辛くて外へ出る事ができなかった。
こんなに小さく島が見えるから、きっと向こうからは見えていないだろう。
船室に持ち帰った、彼と交わしたやまのような手紙。
どれも日本語で書かれていて、綺麗な芸術とも思える文字がつらつらと綴られている。すべて同じ紙ではなく、色がついていたり、匂いが付いている。どの匂いも、彼を思い出させる香りで、心臓がつかまれたようになる。
「行きたないって、言えばよかったんかな・・・・」
しかしそうしたら、きっとすごく困って泣きそうな顔で首を振るにちがいなかった。
別れ際、合わせた唇を指で辿る。
脳裏にともにした閨がよぎって、ぎゅっと手を握りしめた。
「ぜったい、今の気持ち、忘れへん。ずっと、俺は・・・・」
思い出の中の笑顔だけでも、過ごした日々だけでも、十分だと、自分に言い聞かせた。いつかまた会える日を、この手に導くために。
窓を開けると、潮風とともに、部屋中にあの彼の匂いがふうっと入って消えた。
「それが怖くて」の続きっぽい。
別れを選んだ、でも愛してる
船は陸から静かに離れて、音も無く進んで行く。
岬の、先の方、今にも落ちそうな狭い足場に掴まるようにして、その姿を追う。
そうしてしばらくして、黒い点になって、次第に姿は見えなくなってしまった。
とうとう、彼は船の上に姿を見せなかった。
そっと唇を指でなぞる。彼と最後に交わした子供のような口づけを思い出す。
これでよかったのだろうか。いや、こうするしか他なかったのだ。
知らない自分の一部を垣間みて、これから少しずつ暴かれるだろう自分の本質に脅えて、新しい世界に脅えて、彼を拒絶した。
「日本、あんまりそんなとこおると、落ちてしまうで」
彼とよく似たイントネーションで、だが全く別ものの声が背後からかかって、どきりとして振り向く。
「・・・オランダさん」
「あいつのことはもお忘れることや。これは上が決めた事なんや」
それもそうだった。
自分たちは、いつも自由にしているようで、結局は思い通りにいかないことばかりだ。
自分の体であっても自分で身の振り方を考える事もできない。
たとえどんなに愛しい人であろうとも、上が決めれば敵となる。
愛し合っていようと、殺し合わなければならないのだ。
この身に宿る心は岩に打ち付ける波のように儚い。希望は持たない方がいいとは分かっている。
「・・・そうですね。行きましょうか、オランダさん。少し、冷えてきました。」
家へ帰れば、微かに香る、彼の香水の香り。
彼が置いて行った、美しい作りの香水瓶をそっと指でたどった。
「ふっ・・・・」
こみ上げる涙に、嗚咽が漏れる。
家中のかれの残して行った物を確認しては、そっと撫でた。
もう、かれのこの痕跡がこれ以上増える事はないのだ。
「ば・・・かですね、私、っふ、え・・・」
こんなに泣くなら、上司の言いつけもなにもかも無視して、彼をここにとどまらせれば良かったのに、それをしなかった自分を悔やむ。
もっと愛を伝えればよかった、もっと一緒に笑いたかった、いろんなところへ案内したかったし、彼と一緒にいたかった。
「もう、会えないのに・・・・!」
会えないと思えば思う程、この思いは大きくなって、頭の中一杯にひろがるのだった。
なんて空虚なのだろう、なんて広い家なんだろう。
空の同じところに代わらず太陽は輝くのに、ちっとも明るくない。
かんだ唇に、鉄の味がした。
また、なんてあるかどうかなんて分からない。自分を照らしていた太陽が失われたこの心は、どんよりと曇り、一向に晴れる気配などないのだった。むしろもうずっとこのまま曇ったまま、いつしかこの身も消えてしまえばいい。
そうしたら、魂だけになって彼に会いに行けるのに。
突っ伏した文机の上、広げた手紙に、ぽつりと染みが広がるのが見えた。
心臓が痛い。それでも、出会わなければよかったなんて、思いたくはなかった。
「弱虫で、ごめんなさい・・・・」
流れる波を見ながら、遠く、島の方を見つめる。
どうしても、辛くて外へ出る事ができなかった。
こんなに小さく島が見えるから、きっと向こうからは見えていないだろう。
船室に持ち帰った、彼と交わしたやまのような手紙。
どれも日本語で書かれていて、綺麗な芸術とも思える文字がつらつらと綴られている。すべて同じ紙ではなく、色がついていたり、匂いが付いている。どの匂いも、彼を思い出させる香りで、心臓がつかまれたようになる。
「行きたないって、言えばよかったんかな・・・・」
しかしそうしたら、きっとすごく困って泣きそうな顔で首を振るにちがいなかった。
別れ際、合わせた唇を指で辿る。
脳裏にともにした閨がよぎって、ぎゅっと手を握りしめた。
「ぜったい、今の気持ち、忘れへん。ずっと、俺は・・・・」
思い出の中の笑顔だけでも、過ごした日々だけでも、十分だと、自分に言い聞かせた。いつかまた会える日を、この手に導くために。
窓を開けると、潮風とともに、部屋中にあの彼の匂いがふうっと入って消えた。
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店名:三日月商會
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