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交差点の向こう側へ

伊日
交差点シリーズです。嘘じゃない嘘から続き。
これでおしまいにしときます笑
交差点の向こう側へ









ヴァルガス家にお世話になりはじめて、もう2ヶ月は経っただろうか。
彼や、友人のルートヴィッヒさんのお陰でようやく、抉れた胸の内に瘡蓋ができて、不安定さはあるものの、一定の価値観をあらたに築き上げ始めていた。
しかし新たな悩みの種が、その価値観を揺るがそうとしていた。
こんな自分に慕情を寄せられたって迷惑なだけで、喜ぶ人間なんていないのは分かっているつもりだし、何よりこの穢れきっている自分が清い彼に思いを抱いているのが申し訳ない。
そしていつも、何事もないように笑顔を作って振り返り、荷物を詰めて重くなったカバンを持ち上げるのだ。
通い慣れた道を、三人で他愛もない話をしながら歩くのだ。
今日は体育が退屈だったとか、数学のあれがわからないとか、先生は絶対カツラだと思う、とか。
「じゃあ、また明日。」
ルートヴィッヒさんがはじめに別れて、今度は本当なら、自分が次にフェリシアーノくんと別れて帰るところだが、手をつないだまま、ついこの間まで、「じゃあ、またね」言っていた交差点を渡る。
隣で歩くかれは楽しそうに歌を歌っている。言葉は彼の母国のもので、何と言っているのかは知れないが、物悲しいような歌だが、そのなかに燃えるような感情を含ませている。
「フェリシアーノくん、その歌、なんて歌っているんですか?」
きくと、彼はえへへ、と笑って言う。
「まだ秘密だよ~。」
そう言うたび、かれの瞳の中がぎらりと光るのだった。

「菊、かえろ?」
騒々しい教室の中、声をかけた。
自分としてはずいぶん我慢してきたなと思うのだけれど、彼の傷のことを思うと、慎重にならざるを得なかったのだ。
あの日から、一緒に暮らして、同じベッドで眠るようになり、一緒に登校、下校をしてようやく菊も如何ばかりか自分に対する自身を取り戻したように見える。
未だにやはり、学校へ近づくにつれて握った手にうっすらと汗をかき、こわばるのだけれど、ルートヴィッヒと自分だけには、本当の笑顔を見せてくれて、そして、いつの間にか一生懸命に隠していたのだろう弱さをさらけ出してくれるようになったのだ。
ジョーンズやカークランド、ブラギンスキが威圧的にこちらにやってくるときなんか、無意識かすす、とルートヴィッヒと自分の後ろに隠れる様なんて、後でルートヴィッヒと可愛さのあまり大興奮してしまったくらいだ。
細く、白い首筋に赤い痕を見て、にっと笑う。
本人すら気がついていなそれは、昨夜こっそり自分が付けたもので、それを発見した時のジョーンズやカークランドの顔といったらなかった。
お陰で体育館裏、というのを初体験することが出来たけれど、余計に菊と自分の距離を縮める嬉しい出来事にしか成らなかったし、元来自分の中にある凶暴な部分は彼らを怖いとも思わなかった。
黒い絹の様なさらりとした髪を揺らして、振り返ったかれは、笑って頷いた。
「すまないが2人とも、今日は俺は役員会があるから、先に帰ってくれて構わない」
「え、そうなんですか?」
一緒に帰ろうと準備をしていたのに、ルートヴィッヒが困り顔で言う。
菊とルートヴィッヒは同じ委員会だけれど、ルートヴィッヒは委員長なので、こういうことは珍しくない。しかし、このとき、菊の僅かな表情の変化が気になってしまった。
何か、隠している。そう本能が告げていた。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ」
「では。お先に失礼しますね」
下駄箱まで見送りにきてくれたルートヴィッヒと挨拶を交わし、いつもの、通い慣れた道を2人であるきながら、隣を進む菊のことが気になって仕方が無い。
ああ、もうじりじりと進むのをやめて、すべて打ち明けてしまおうか。
けれど、それが彼を傷つける事に成るならそんなことはしたくない。
しかし隠し続けるのも限界かも知れない。何故なら、僅かに、彼から自分と同じ感情を感じるのだ。ため息をついて、母国の愛の歌を歌った。
お気に入りの愛の歌は、どことなくその歌を向けるその相手が、歌詞から想像できる範囲では菊にそっくりで、とても情熱的な歌だ。
「フェリシアーノくん、その歌、なんて歌ってるんですか?」
いつもの顔で、菊が言う。この質問も、何度もされている質問だ。その度、「まだ秘密」と繰り返していたけれど、今日は答えていい気がした。
「あのね、これは愛の歌なんだ。・・・菊に向けての愛の歌。」
「はは、私に向けてですか?・・・ありがとうございます。」
菊の顔はこわばっていたし、声は震えていた。
「あのね、俺、菊のこと、好きなんだ・・・・。」
逃げられないように、彼の細く小さな手を掴み力を入れる。
「あ、あの・・・・わたし・・・」
反対の手で、反対側の腕を掴む。
雨上がりの、水たまりに、あの日みたいに2人の姿が映る。あの日と違うのは、傘をさしていないことと、菊が偽物の笑顔を貼付けていないこと。
答えはSiで間違いないと確信できているけれど、まだ菊の中にはこちらにはとうてい理解することのできない大きな問題が散らばっているのだろう、返答をすることができずに、顔を赤くしたり、青くしたりしながら口をぱくぱくとさせて、仕舞には俯いてしまった。
しばらく、じっと考え込んだ後、ようやく顔を上げた。
「・・・ありがとうございます、嬉しいです。でも、私のことを好きになったっていいことなんてないと思います。・・・こんなですし・・・・いつもよくして頂いているのに疑い深いですし・・・貴方はもっと素敵な人がお似合いです・・・貴方を見つめている女性たちの目に、気がついていないだけです」
「・・・うん、知ってるよ。菊が自分に自身が全然なくて、愛してるっていっても、それに見合う価値があるのか、自分のあら探しをするとことか、疑い深いとことか。」
「・・・・そうですよ・・・私なんて面倒な人間、そんなわざわざ抱えこまなくたっていいと・・・思うんです」
心なしか、声が震えている。泣かせたくないのにと思うけど最後まで聞いて欲しいから冷たくなってしまった小さな手を握る。
「うん、そうだね、でもね。俺、そういうところも全部好きなんだ、菊の事。信じられないなら、Siって言って。少しずつ確かめてよ、ね?」
ほら、Siって言って。
そしたらすぐに抱きしめて、キスをして、愛されてるって分かるようにしてあげるから。

「・・・・はい。」
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