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教習生日記

伊日。
自動車学校パロ
教習生日記








W自動車学校。
県内でも田舎に位置するこの自動車学校では、今、繁忙期を迎えている。
進路が決まって暇になった高校生達が挙ってやってくるためだ。今、大体で300人は在校しているだろう。
小さくはあるが、アットホームで、山に近い土地にあるため所内のコースから見える景色は圧巻で、運が良ければ?虹も見える。何故運が良ければ?なのかと言うと、虹が見えるということは小雨か、それより細かい雨が降っているということが多く、大概それは、あまり教習をする上では嬉しくない条件だからだ。
ただでさえ運転に慣れない生徒は、所内コースの中ならまだしも、二段階に進んで、路上に出てそれなら喜べばいいのか微妙なのだ。何故なら、視界が悪い上に、ワイパーも自分で動かすことができないから。
加えて、若い指導員が多く、教え方も親身になって、がモットーなので、地元の高校生は大概が通いにやってくる。
本田菊はそんなW自動車学校の指導員になって、もうかれこれ15年ほどだ。そう言うと、必ず、えっじゃあいま何歳?と言われるのが悲しい、小柄な教官だ。
小柄であるから威圧感もない上、物腰もやわらか。しかし、運転席のテクニックや教え方の上手さ、フォローの上手さなどで、実はこの自動車学校の人気教官ナンバーワンであるのだ。
だからもちろん、廊下や受付に貼り出されている教官の名前と写真に密かに熱い視線を送る生徒も多いし、技能教習で運良く受け持ってもらえた生徒が噂をするのもよくある話だ。
そんなW自動車学校にこの高校生の多くなる時期にぽつんと入学してきたのが、フェリシアーノ・ヴァルガス。今年、大学を卒業して働いている社会人である。
休憩時間は、女子高生に混じって独りで過ごすのだけれど、(お腹がすいてナンパをする元気もない)彼女たちの噂話が気になって仕方ない。
「本田さんどうだった?」
「やっぱり、良かった!王さんの授業もいいけど、何かやりにくいんだよね…本田さん、教え方上手いし」
「だよね~…しかも格好いいし…結婚してんのかなぁ…」
「あ~、どうなんだろう」
彼女たちの噂の的である、本田の授業を何回も受けている自分としては、確かに、彼は教え方が上手だし、助手席からハンドルを回してくる姿は自分もドキドキしたことがある。
「お前、何にするある?」
閉められていた扉がからりと軽い音を立てて開いて、一瞬その場が静まり返る。指導員がここにくるのは珍しい。しかも、先程噂になっていた本田と、王の二人組だ。「私はお茶で」
「はぁ~っ!爺むさいあるね~!我はオレンジジュースにするある」
王がお金を入れて、本田がボタンを押す。出てきたお茶は王が受け取り、本田は釣銭を拾って王の手のひらに置いた。
「どうも…。…おや、ヴァルガスくん。ご飯はもう食べたんですか?」
視線に引っかかったのか、王を先に行かせて本田が振り返った。
「ヴェっ!あっ…うん…あの…お金忘れちゃって。」
話しかけられたのは嬉しかったのだが、お金を忘れてご飯が食べられないのを思い出して、大いに落ち込んだ。
「おやまあ……あ、そうでした、あなた、宿題を提出してくれましたけど、間違えている問題がありますから、説明しますね。自習室に行きましょうか」
女子高生たちの視線を浴びながら休憩室の扉をしめる。
すると、さっきの感情のない表情が一変して、イタズラっぽい顔をして、本田は笑った。
「…バレたらマズいですから、誰にも言わないでくださいね。お弁当の残りがありますから、差し上げます」
「えっ」
「次、実車でしょう?お腹が空いていたら、判断力も鈍りますからね。」
真面目な顔をして、こんなこともさらりとできてしまうこの本田に、ぐい、と引き寄せられた気分だった。
本田はそう言うと、自習室で待たせた後、本当にお弁当を持ってきた。お重に入ったお弁当は、残りと彼は表現したが、そうとはとうてい思えない内容で、味も目をむくほど美味しかった。
バレないように、と、自習室から第2教室の準備室に移動して、こそこそと弁当を平らげた後、早々に配車待ち用の待合室に場所を移した。
「本田さんは料理上手いねぇ~!俺、感動しちゃったよ~。ご飯がおいしいって最高だね」
大きな声では言えないが、先程の、本田自称「弁当の残り」は本当に美味しかったのだ。興奮気味に言うと、本田はくすくすとこれまた今時の女の子には一切見られない奥ゆかしさを体現するような仕草で笑った。
「ふふ、ヴァルガスくんは食通だって、ボヌフォワさんも言ってましたが、本当だったんですねぇ…お見事です。」
ボヌフォワというのは、本田と同じ、技能の指導員で、女の子達にも気軽に話しかけたりするので、本田の次に人気がある。
しかし、むしろ自分のことを彼らが話していたのが意外だ。
「美味しいものは大好きだよ~」
「おろ?菊ちゃん、次技能でしょ?もうすぐ会議始まるんじゃない?」
後ろから、ボヌフォワの声がしてはっとしたように本田は立ち上がった。
「そうでした。…ヴァルガスくんも、次、頑張ってくださいね。」
慌てて走ってゆく姿を目で追って、時計に目をやると、丁度配車開始の時刻だった。
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