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凍える夜空

伊日。
傘の向こうの続き。
凍える夜空











身を切るような寒さの夜空の下、自転車を走らせる。
坂道も、勢いをつけて上りきる。暗い闇の中に自分の吐いた白い息が舞う。
暗い道の中、自分の息づかいだけしか聞こえず、自分しかこの空間に居ない気になって、ふいに寂しくなったあと、少しだけホッとした。
日の下で、媚びたように偽物の笑みを浮かべる自分を思い出して、この暗さだ、たとえひどい顔をしようとも、泣こうとも、だれも気がつかないと思うから。
学校の帰り道、今日はいつものフェリシアーノくんも、ルートヴィッヒさんもいない。
一緒に帰ろう、待っているから、と言ってくれた彼らを無理矢理帰らせたのだ。
もうどうしても、辛くて仕方なかった。
あの日、抱きしめて泣いていいよと言ってくれたフェリシアーノくんは、その次の日も、その事についてはなにも言わなかった。
何事も無く過ぎて行って、相変わらず能面みたいな笑い顔はそのままで、心の奥にどろんこの汚い、ひどい匂いのする塵が降り積もった。
息苦しさに、首を掻くのが癖になった。首に残る爪の跡も、見ても誰も何も言わない。それでいい。誰も、これに気づいてくれなくていい、そう思うのに、誰かに助けて欲しい。気がついて欲しい。けれど、そう思う事が罪に思えて、ずうずうしく思えて、また振り出しに戻る。気づいて欲しくないのに、気づいて欲しい。助けて欲しいのに、知られたくないから助けてと言えない。答えの無いメビウスの輪に立たされて、先が見えない。
もう、いっそやめてしまおうか。そう思って、夜通し悩んで、朝日が昇って、まだなにも答えが出ないまま、また新しい日を、生きているのが嫌になりながら苦しみながら生きるのだ。
ぼろり、頬から、あつい涙が流れ落ちた。
「・・・。」
嗚咽をかみ殺しながら、自転車を降りた。
見慣れた自宅の前、緊張が解けて、涙が溢れて止まらなかった。
「菊、」
自転車を止める寸前、後ろから声がかかって思わず文字通り、とび上がった。
涙声が分からないように、小さな声をつとめて出しながら、答える。
「あ、フェリシアーノくん・・・?ですか、どうしました、こんな夜に」
「あのね、心配になって。今日、すっごく辛そうだったでしょう?」
「な、なんでっ」
そんなに優しくするんですか、何でいつも気がついてくれるんですか、それは言う事が出来なかった。代わりに、最後裏返った声が寒空に響いた。
いつもいつも、気がついていないようでいて、彼はいつも、そういう時だけ聡いのだ。
「大丈夫ですよ、心配しないでください。」
涙を乱暴にふいて、振り返る。すぐ後ろにいた彼の胸にぶつかる。
頬を、すっと彼の親指がなぞった。
「嘘つき。・・・菊が、そうやって俺やルートに隠すの、俺もルートも気づいてるんだ。一人で苦しまないでよ・・・。」
白い、彼の顔が近づいて、鳶色の眸が近くで宝石みたいにきらきら輝いたのが見えた。
我慢していた物が、溢れて、みっともないと分かっているのに涙も声も収まらずに、彼の胸に顔を押し付けて、泣いた。
「なんでっ・・・、優しく、するんですかっ・・・!」
彼が何か言った気がしたけれど、自分の嗚咽で、聞こえなかった。


「ねえ、ルートぉ、俺、菊が隠してるの気づいてるんだ。」
隣を歩くのが、今日は小さな黒い髪の毛を揺らす愛しい人ではなくて、自分よりも大きな彼なのが、少し悲しい。三人で歩いている時、必ず菊を真ん中にして歩いているから、きっと悲しいのはお互い同じだろう。
「・・・ああ。俺も、気がついているが・・・俺ではどうしようもない」
互いにため息を付いて、必死に先に帰そうとして焦っていた菊を思い出す。
空はもう色が変わって、暗くなって金星が輝いている。
温度もずいぶん低くなって、手をこすり合わせた。
「俺、菊ん家行ってくるね!ルートん家、借りていい?菊を連れてくるであります!」
吐いた息はもうずいぶん濃く白い。
少し考えるようにしていたが、頷くのを見て、にっと笑った。
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