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傘の向こう、

伊日。
某私の大好きなバンドのアルバム曲を聞いて。
学ヘタです。
傘の向こう、










沈黙が傘の下を支配して、2人して互いに次の言葉を探っていた。
雨はもう上がっているのに、傘をしまうこともせずに、相合い傘をしたまま、じっと黙って歩いて行く。
外の雨が上がっても、彼の中の雨はまだきっと降り続いている。
彼は泣くこともせず、それを覆い隠すようにして、笑う。
その笑顔に、確かに誰かは助けられて、赦しを得るのだろう。でも、それじゃあ、押し殺して、泣くことも出来ずに、それをかくして笑い続ける菊の本当の心のうちはどうなってしまうんだろう。傷ついた心を隠しながら、いつまでも治らない傷を隠して、きっとなんども同じところから血が流れるのだ。
そう思いながら、そっと隣をみた。見慣れた彼の横顔。黒髪が頬を隠している。
見慣れている筈なのに、見たことの無い、初めて見る顔をしていた。
あの、隠すための笑顔でもなくて、泣き顔でもなくて、何もない顔でもなくて。
ああ、なにか言わなくちゃ、そう思うのに、どうやって声をかけたらいいのかさへ分からない。
「フェリシアーノくん、ここまでですよね。」
菊が、傘を持つ手をそのままに、あの笑顔で言った。
確かに、もうここで分かれなければいけない。菊はここを左に、そして俺は右に角を曲がる。
「うん・・。」
しぶしぶながら、菊の傘から離れる。
まるで、菊のこころの中から弾きだされたみたいな気分がした。彼の心の境界の外へと出てしまったら、きっとさっきの彼らにしたみたいに、嘘をついた笑みを向けてくるに違いなかった。
「じゃあ、またね・・・?」
「ええ、また」
傘がくるくる廻る。菊は、やっぱり笑っていた。



「俺は君みたいな、機械みたいで表情のない人間は好きじゃないけど、でも仕方ないじゃないか、俺はヒーローだし、弱いものを助けないといけないだろう?」
アルフレッドくんが、悪びれる様子もなく、そう言った。
ずっと家にいた所為で、ちっとも人と付き合うことをしてこなかった自分にとってその言葉はとても痛い物だった。そして、人と関わることが、誰かに好かれようと、嫌われないようにしよう、とするのがひどく辛かったし、もう、自分がここから消えてなくなってしまえばいいとさへ思うのだ。こんな、卑屈な自分自身も、彼らより自分が一番嫌いだった。
朝、息をしていることに落胆して、どうしてそれを止めることができないのかと、そして止めることもできない弱い自分をもっと嫌いになる、その繰り返し。
「菊、平気?」
へらっとアルフレッドくんの言葉に笑って、「そうですね」と言った後で、それを見ていたらしい、フェリシアーノくんと、ルートヴィッヒくんが心配そうにしながらやってきていた。
「はい?・・・どうしましたか?」
辛い、と助けてください、と言えない自分にまた、嫌気がさす。
ここで涙でも流したなら、きっとすっきりするのだろうし、何か変わる。
胸の真ん中を締め付ける涙のもとを気がつかれないようにぐっとにぎりしめる。
しかし、これは自分のプライドなのか何なのか、涙も出なければ、辛いというそぶりも出せない。
「いや、いいならいいんだが」
ルートヴィッヒさんが、こまったように笑った。
心の中で、ごめんなさい、と呟いた。
「俺は委員会があるから、フェリシアーノと先に帰ってくれないか」
「あ、はい。フェリシアーノくん、いいですか?」
私なんかと2人で。
「ヴァヴェーネ!じゃあ、また明日ね、ルート」
はにかみながら手を振って先を急ぐルートヴィッヒさんに、こちらも控えめに手を振る。
こんな、醜い自分が誰かに手を振っているというのを、彼らの他の誰かに見られてしまったら、どうしよう、そんなことを考えながら。
笑っているたび、劣等感に押しつぶされそうになる。こんな醜い色をして、気味の悪い黒い髪をして、沼の底のように、暗く不気味な黒い眸をした自分が、色鮮やかで白い彼らの中にいることはとてもじゃあないが堪え難かったのだ。
外は、ぱらぱらと雨が降っていた。
「あら、降っていますね。・・・・フェリシアーノくん、傘持ってますか?」
「ヴェ〜・・・・もってないよ・・・」
下駄箱の中の折り畳み傘を手に取る。今日は天気予報で午後から雨の確率が高かったので、大きい傘も持ってきている。
「これ、使ってください。私、今日は傘持ってきているんです」
それを手渡すと、彼は首を傾げた。
「え、すっごいね、菊!感動しちゃった。でも、俺は菊の傘に入れて欲しいな〜」
受け取った傘をそそくさとさっきだしたばかりの下駄箱に勝手に戻しながら、にこにことしてこちらをみている。
「・・・・・はあ。」
不可解なのは前からで、それは分かっているのでとくに考えることでもないと、大きな傘をさして、窮屈な傘のした、肩を寄せ合って雨の降る校庭を横切って帰った。
いつもより、沈黙がいやに耳につく。彼は何も言わない。いや、もしかすると、言えないのかもしれない。
あんな場面を見られてしまったのなら、そうに違いなかった。
足下の水たまりに青空が映り始めて、はっと見ると、空はもう雨を降らすのをやめていた。
「フェリシアーノくん、ここまでですよね、」
「うん・・・・じゃあ、またね?」
2人がいつも分かれる道で、立ち止まり、彼の顔をみた。
少し、こまった顔をしていた。まるで、さっき委員会のために残っていったルートヴィッヒさんのように。何か、言いたいのに言えない、そんな顔だ。
それを言わせる前に、分かれておこうと、急かすように言う。
「ええ、また。」
ぐるり、と傘を回した。
踵を返すと、空に虹がかかっているのに気がついて、思わず足を止めていた。
押さえつけていた劣等感とか、傷ついたこころとか、耐えきることができずに、溢れ出して涙になって流れた。
泣くな泣くなと思っても、念じても、涙は止まらず、傷だらけの心をしとどに濡らした。ごまかす様に、傘を回す。くるくると廻って、風の音が耳を塞いだ。

不思議と気になって、振り返った。
道路の向こう、もう上がって青さを取り戻した空の下、菊の傘がくるくると廻っているのが見えた。その向こうにかかる虹も。
「きく・・・?」
きっと、傘の下、見えない菊の頬には涙がしずくをたらしているに違いなかった。
辛いと助けを求めることが出来ないのは知っているつもりだったから、不思議ではなかった。
駆け出して、傘を取り上げて道路に投げ捨てる。ぎゅっと、小さな、震える菊を抱きしめた。
ころころと転がって、傘はまだ廻ったままだ。
雨上がりの水たまりに、くるくる廻る傘がひとつ、ぽちゃりと音を立てて波紋を寄せた。
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