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寂しくないよ、また会えるから

伊日。
愛は何ものにも〜の続き?
寂しくないよ、また会えるから









イタリアくんが、とうとう帰ってしまった。
彼はもっと居たいと言っていたのだけれど、ロマーノくんから連絡が入って、さっさと帰ってこないとお前ん家のトマトとパスタとワインを全部燃やすぞ、と言われて、泣く泣く(本当に彼は涙目だったし、悲しそうにくるんはしょげかえっていたし、ヴェ、ヴェ、と哀れっぽく口にしていた)
帰りの飛行機の搭乗ぎりぎりまで、空港係員に無理を言って一緒にいたのだけれど、彼の暖かい手が離れて行ったとき、なんとも言えない悲しさが、寂しさが胸を襲った。
別に一生の分かれという訳ではないし、きっと彼は自国に到着したらすぐに連絡をくれるだろうし、会えないことはあっても、電話は毎日くれるだろうし、こちらから手紙も出す、そしてまた、会える日がくるのに。
はあ、とため息をついた。
空港から轟音と風を起こして去って行く飛行機を見上げて、流れ落ちようとする涙をこらえた。
天を突き刺すように飛び立つ飛行機。青空、白い雲、大きな人影のない空港の敷地。胸の中に鳥肌が立った。
空を見上げる人々は皆、一様に感慨深げな顔をしている。
誰かを、見送ったのだろうか。
これから十何時間は、彼から連絡は、こない。
空港に一人でいるのもなんだか毎度悲しくなるので、そうそうにタクシーを呼んで乗り込んだ。
「お疲れさまです、本田さん。今日はお見送りですか」
乗り込んだのはいつもの運転手のタクシーで、空港の人間が何故だか気を利かせて、いつ、どんな時間でも、かならず運転手は彼なのだった。
「ええ。・・・・なんだか、すぐにまた会えると分かっているんですが、なんとなく寂しくなるものですね。爺には耐えられません」
妙な言い草だと思ったのか、運転手はびっくりしたような顔をしたけれど、すぐに目尻に皺を寄せて、愛嬌のある笑顔で楽しそうに笑った。今でさへ白髪の分量が多くなった彼だけれど、初めて彼のタクシーを利用した時は、まだ髪は黒々としていたし、ずっと肌のつやもあって皺もなかった。彼と会うたび、自分との時間の流れが違うことを思い知らされる。
「ははは、本田さんったらないや。いいじゃないですか、相手方も、死ぬ訳じゃないんだ。会えないったって、そんな長くじゃあないですよ、・・・堪え難いのは、わかりますけどね。」
彼の言い方に、もしかして、と思い、おそるおそる、問いかける。
「・・・もしかして、奥様、亡くなったんですか」
声は震えていたかもしれない。
しかし、運転手の彼は先ほどと同じように、愛嬌のある顔で笑った。
「次ぎ合えるのは、来世です。妻が息を引き取るときにね、約束したんですよ。来世も必ず、一緒になろうって。どんなに不細工でも、貧しくても、私たち2人とも男でも、何があっても一緒になろうって。・・・・まだ、先は長いですけどね。」
皺の増えた手が、ハンドルを切る。
何も答えることが、声をかけることが出来ずに、言葉を失ったまま、そっと窓の外の空、飛んで行く飛行機を見つめた。

冷えた空気が、開け放ったままの縁側から吹きすさぶ。
つい先日までは、目をふと縁側へやれば、必ず彼がいたというのに。
突然大きくなったように感じる居間に、へなへなと膝をついて蹲った。
ポチくんが、心配そうにこちらを見ている。けれど、大丈夫ですよ、と言う気力もない。
いつまでもこうしている訳にはいかない。日常はすぐに波のように押し寄せてくるし、きっと明日には元に戻っているだろう。ひとつ大きく息を吐いて、すった。
緩んだ鼻が、みっともなくずず、と音を立てた。
「・・・・仕方ない。起きますか」
畳に額を付けて卵のようになって蹲っていた体を起こす。いつもより広く感じる屋敷ではあるけれど、営みをおろそかにする訳には行かない。
立ち上がると、足下でポチくんが安心したように「ワン!」と鳴いた。
「さあて、ご飯でも作りますかね。ポチ君とたまにもお裾分けできるメニューにしますね」
台所へ向かい、冷蔵庫の扉に手をかける。
「・・・」
見覚えのない、けれど見覚えのある手の絵が、そこにマグネットで止めてあった。
パスタと見慣れた3色の国旗を組み合わせたマグネット。
綺麗な鉛筆画の上から、透明感のある美しい色彩の水彩絵の具で色をのせた裏庭の様子が描かれている。こんなことができるのは、一人しかいなかった。
はっとして、家中を駆け回る。
玄関には、見覚えのない豪華な額に入れられた彼の家の前に立ったなら見ることができるだろう景色が描かれた見事な油絵が。
居間には知らない間に撮られていたのか、彼が自分で自身を撮った写真と、ポチくん、たま、そして自分の寝顔の写真が綺麗に芸術的にコラージュされたボードが置かれていた。
だんだん頬が熱くなる。
今度は風呂場に駆けた。
まず、脱衣所。洗面用具の脇に、ピノキオ人形がちょこん、と鎮座している。口を漱ぐためのコップがヴェネツィアングラスにとって変わっていた。
手品みたいで、ちょっと笑ってしまった。何故なら、今朝歯を磨いたときはいつもの貰い物のコップだったのだ。変哲もないただのプラスチックのコップ。それが知らない間にあの美しい輝きを放つヴェネツィアングラスになっているのだ、笑ってしまわない訳がない。
風呂場はどうなっているだろう。
扉を開けると、いつも使っていたソープとソープディッシュが違う。
「ああっ!」
それだけではなかった。シャンプーやリンス、細かいものに至るまで、全てにおいてイタリアの匂いのするものにすり替わっていた。
「なんですか、もう・・・」
そう言いながら、心の中が暖かくなっているのに驚いた。
彼は一体何をしにきたと言うのだろう。
確か、ふらっと寄ったと言っていたのに。トランクも、そんなに、こんな大事が出来るほど荷物が入るとは思えない。
笑いが止まらないまま、ポチくんには断りを入れて、簡単に夕食を済ますことにした。
風呂に入っても、どの部屋にいても、必ずかれの何かが置かれている。それがとても、心強かった。
「さて、寝ますか。」
彼は今頃、どのあたりを飛んでいるのだろうか、そう思いながら、居間に置かれているコラージュボードを見つめて、灯りを消した。
寝室は、まだ確認していなかった。
灯りをつけると、パッと見るだけでは何が変わったのか分からない。
首を傾げながら、忘れたのだろうか、と思いつつ、布団を敷くと、ふと、床の間、まさに枕の上の位置にあたる床の間の上に、なにか古ぼけた本の要な物が、横倒しにして置かれていた。
彼が忘れていったのだろうか。
手に取ると、表紙の部分だけがぱかっと開いて、それがフェイクだと知った。
しかし、その中身に絶句する他なかった。
「Ti Amo」と人差し指の第一関節くらいの大きさのシルバーで出来た装飾文字の置物が、5つ。その言葉を示す並びで置かれていた。その脇に、これもまたいつ撮ったのか、おそらく彼に誘われてシエスタをした時に撮ったのだろう、目を閉じている自分の頬に、彼が唇を寄せている。
「う、ああああああああわわわわ」
顔から火が出た。蹲って悶えるしかない。顔を両手で覆った。
「もう、一体何しにきたんですか、貴方!」
聞いても答えが返ってくる訳はないのに、そう言わずにはいられない。
いてもたってもいられなくなり、電気を早々に消して、布団を頭の先まで被ってしまった。


「え?うん、きっと、日本って意外と寂しがりやだから、いつも俺が帰った後、泣いてるのかもって思ったんだ〜。もう何十年も、こうしてきたのに、こんな名案、浮かんでこなかったんだよね〜。何でだろう?何で気がつかなかったんだろうね?ヴェ、ヴェ!いつも電話切るとき、いつも、日本って寂しいですって声、出してるんだよ?知らなかったでしょ??へへへ〜〜!ん?うん、だからね〜、俺、いつも一緒にいるって思って欲しくて、トランクには入らないものも沢山あったから、日本に行く仕事のある部下に、分担して持たせたんだ〜。えへへ。・・・日本、愛してるよ、すっごく、す〜〜〜〜ごく、好きだよ、日本!ヴェ、へへ!」
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