過去からの手紙
伊日。
ほしのこえを読んで。
ほしのこえを読んで。
過去からの手紙
澄み渡った青空が、数日ぶりに石畳の道を見下ろしている。きらきらと輝く太陽が照りつけて、石畳を綺麗に反射してまるで魔法みたいな美しさ。
ヴェネツィアの朝、夏場に比べて数の減った観光客たちもぱらぱらと姿を見せ始め、仕事に向かう人のハイヒールのかつかつという音や、向こうの方から聞こえるクラクションの音が響いた。
ぐっと気温の落ちたもう冬の今、布団からでるのも毎度のことながら億劫だけれど、今日はとってもいい日だから、まずそれを伝えたくて、時差も気にせず受話器を取った。
数回のコールの後、落ち着いた声で、「はい、本田でございます」という丁寧な日本語が聞こえて、すっと息を吸って、
「やっほー!俺、イタリアだよ!日本、おはよう!!」と少し大きな声で言った。
受話器の向こうから、くすくすと、彼特有の品のある笑い声が聞こえて、ますます嬉しくなる。
「おはようございます、イタリアくん。・・・・今日は早いんですね?」
「うん、うん!なんか、久しぶりに晴れたんだ〜!ヴェ、ヴェ!嬉しくなったら、日本の声が聞きたくなって」
きっと、向こう側では日本が頬を染めていること間違いない。
もごもごと言ったあと、「う、嬉しいです」と小さな声が聞こえた。
それから、何時間かと思えるくらいの何十分をすごして、電話を切る頃には、もう幾分か太陽に空気も暖められていて、室内の温度も上がったようだった。
気分の良い朝に、鼻歌が自然と流れる。
今日の朝はパンはやめて、いつもの店に行って食べようか、それとも、日本から習った料理を簡単にでも作ってみようか、考えて、いつもの店に行くことにする。
日本食は、作ってもらった方が美味しいのだ。
服を着て、日本からもらったダウンジャケットを着込む。
扉を開ければ、久しぶりの太陽がまぶしく照らした。
「あれ、フェリシアーノじゃないか、丁度今、郵便を持って行こうと思ってたとこだよ」
店に入るなり、休憩していたポストマンがエスプレッソのカップをあげて手招きする。いつもここで休憩(というけれど本当のところはさぼり)をするのが彼の日課なのだ。
「そうなんだ〜〜!ありがと。」
手渡されたその手紙は、ざらりとした手触りであまり良い紙ではないのが分かる。
黄ばんでいるし、なにか染みのようなものもある。角はすこし摩擦によって丸くなり、その手紙は奇妙に古く見えた。
「?」
不思議に思いながら、手紙の裏側を見ると、丁寧な、彼そのものを表すような文字が日本語で、書かれていた。
「本田菊」
その文字と、この、古びた封筒。一体なんだろうと思いながら、首を傾げた。
今朝、電話したときには、この手紙のことなんて言っていなかったし、きっと手紙を出したのが最近なら、こんな古びた悪い紙なんて使わないだろうし、第一、手紙をだしたことを、言ってくれる筈だ。
手にとったまま、じっとして動かなかった自分を不思議に思ってか、ポストマンは慌てたように捲し立てた。
「これは、最近どこだったかの島で見つかった手紙なんだよ。多分、60年くらい前かな。戦争中のもんだって話。」
60年くらい昔。
コーヒーも、ほかほかのパニーニもどうでもよくなってしまうくらいに、心が揺れた。
早々に窓際の一番奥まった席に陣取って、手紙の封をそっと切る。一体、そこに何が書かれているのか。戦争のただ中の彼の気持ちは、知りようが無かったのだ。戦争が始まって間もなく、上司の命令で彼らを裏切り寝返ってしまった自分には、自分だけでなく、同盟国であったドイツにさへ、戦時の最中の、遠く離れた彼とは連絡がつかず、再び見えたのは戦争が終わって、彼がアメリカの後ろをそっと隠れるようにして付いて会議場に現れたそのとき。
最中、彼が一体何を思い、そしてそれを自分に宛てたのか、心臓が早鐘のように鳴っていた。
「拝啓 この戦の最中、礼節を省いた手紙、お許しください。あなたが無事であること、この手紙が届くことを願っております。」
この言葉から始まる手紙は、戦局の振るわないことや、家が焼けたこと、国民が逼迫していてそれが心苦しいこと、早く戦争が終わって欲しいこと、そして何度も自分を心配することばが綴られていた。
楽しかったあの日々を思い起こして書いたからなのか、とことどころのその滲んだ文字が、普段涙ひとつ見せない彼が、あの大きな黒々とした眸から大粒の涙をこぼしてこれを書いたのだと知れた。
最後のところだけ、墨で塗りつぶされている。
窓から入り込む太陽の光に、そっと透かしてみれば、こちらの言葉で、愛の言葉が綴られていた。
その一行前の言葉はこうだ。
「きっとこの戦、私は生きることも定かではなく、本当であれば日本男児らしく、直接言うことが好まれるのですが、それも出来るともわかりませんので、この文面にて。」
しっかりとした文字で、すこしそこだけ筆圧が高いのか、くっきりと後が残っている。愛の言葉は、胸に優しく届いてしみ込む。
ぐいっと冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ナプキンでパニーニを包む。
突然がたがたと慌て始めた自分を見て、さっきからまだ休憩中のポストマンも、馴染みのバールマンもぽかんとしてこっちを見ている、
「ありがと!こっちは持って帰るね!」
大きく手を振れば、ぽかんとした口が開きっぱなしの間抜け面で小さく頷いた。
この、手紙の愛の言葉に返事をしなければならない。
確かにもう、互いに思いを確認し合って、そういう仲ではあるけれど、この手紙より後に、だから。
帰ったらすぐに飛行機の手配をして、便箋と封筒とペンだけ買って、あとはお財布とパスポート、そして携帯電話だけ持って鞄につめて行けばいい。
飛行機の中で、手紙を書こう。そして、直接届けたあと、一杯の愛の言葉でもういちど告白しよう。
そうしたらきっと、彼は真っ赤な顔で頷いて、はい、と言ってくれるから。
澄み渡った青空が、数日ぶりに石畳の道を見下ろしている。きらきらと輝く太陽が照りつけて、石畳を綺麗に反射してまるで魔法みたいな美しさ。
ヴェネツィアの朝、夏場に比べて数の減った観光客たちもぱらぱらと姿を見せ始め、仕事に向かう人のハイヒールのかつかつという音や、向こうの方から聞こえるクラクションの音が響いた。
ぐっと気温の落ちたもう冬の今、布団からでるのも毎度のことながら億劫だけれど、今日はとってもいい日だから、まずそれを伝えたくて、時差も気にせず受話器を取った。
数回のコールの後、落ち着いた声で、「はい、本田でございます」という丁寧な日本語が聞こえて、すっと息を吸って、
「やっほー!俺、イタリアだよ!日本、おはよう!!」と少し大きな声で言った。
受話器の向こうから、くすくすと、彼特有の品のある笑い声が聞こえて、ますます嬉しくなる。
「おはようございます、イタリアくん。・・・・今日は早いんですね?」
「うん、うん!なんか、久しぶりに晴れたんだ〜!ヴェ、ヴェ!嬉しくなったら、日本の声が聞きたくなって」
きっと、向こう側では日本が頬を染めていること間違いない。
もごもごと言ったあと、「う、嬉しいです」と小さな声が聞こえた。
それから、何時間かと思えるくらいの何十分をすごして、電話を切る頃には、もう幾分か太陽に空気も暖められていて、室内の温度も上がったようだった。
気分の良い朝に、鼻歌が自然と流れる。
今日の朝はパンはやめて、いつもの店に行って食べようか、それとも、日本から習った料理を簡単にでも作ってみようか、考えて、いつもの店に行くことにする。
日本食は、作ってもらった方が美味しいのだ。
服を着て、日本からもらったダウンジャケットを着込む。
扉を開ければ、久しぶりの太陽がまぶしく照らした。
「あれ、フェリシアーノじゃないか、丁度今、郵便を持って行こうと思ってたとこだよ」
店に入るなり、休憩していたポストマンがエスプレッソのカップをあげて手招きする。いつもここで休憩(というけれど本当のところはさぼり)をするのが彼の日課なのだ。
「そうなんだ〜〜!ありがと。」
手渡されたその手紙は、ざらりとした手触りであまり良い紙ではないのが分かる。
黄ばんでいるし、なにか染みのようなものもある。角はすこし摩擦によって丸くなり、その手紙は奇妙に古く見えた。
「?」
不思議に思いながら、手紙の裏側を見ると、丁寧な、彼そのものを表すような文字が日本語で、書かれていた。
「本田菊」
その文字と、この、古びた封筒。一体なんだろうと思いながら、首を傾げた。
今朝、電話したときには、この手紙のことなんて言っていなかったし、きっと手紙を出したのが最近なら、こんな古びた悪い紙なんて使わないだろうし、第一、手紙をだしたことを、言ってくれる筈だ。
手にとったまま、じっとして動かなかった自分を不思議に思ってか、ポストマンは慌てたように捲し立てた。
「これは、最近どこだったかの島で見つかった手紙なんだよ。多分、60年くらい前かな。戦争中のもんだって話。」
60年くらい昔。
コーヒーも、ほかほかのパニーニもどうでもよくなってしまうくらいに、心が揺れた。
早々に窓際の一番奥まった席に陣取って、手紙の封をそっと切る。一体、そこに何が書かれているのか。戦争のただ中の彼の気持ちは、知りようが無かったのだ。戦争が始まって間もなく、上司の命令で彼らを裏切り寝返ってしまった自分には、自分だけでなく、同盟国であったドイツにさへ、戦時の最中の、遠く離れた彼とは連絡がつかず、再び見えたのは戦争が終わって、彼がアメリカの後ろをそっと隠れるようにして付いて会議場に現れたそのとき。
最中、彼が一体何を思い、そしてそれを自分に宛てたのか、心臓が早鐘のように鳴っていた。
「拝啓 この戦の最中、礼節を省いた手紙、お許しください。あなたが無事であること、この手紙が届くことを願っております。」
この言葉から始まる手紙は、戦局の振るわないことや、家が焼けたこと、国民が逼迫していてそれが心苦しいこと、早く戦争が終わって欲しいこと、そして何度も自分を心配することばが綴られていた。
楽しかったあの日々を思い起こして書いたからなのか、とことどころのその滲んだ文字が、普段涙ひとつ見せない彼が、あの大きな黒々とした眸から大粒の涙をこぼしてこれを書いたのだと知れた。
最後のところだけ、墨で塗りつぶされている。
窓から入り込む太陽の光に、そっと透かしてみれば、こちらの言葉で、愛の言葉が綴られていた。
その一行前の言葉はこうだ。
「きっとこの戦、私は生きることも定かではなく、本当であれば日本男児らしく、直接言うことが好まれるのですが、それも出来るともわかりませんので、この文面にて。」
しっかりとした文字で、すこしそこだけ筆圧が高いのか、くっきりと後が残っている。愛の言葉は、胸に優しく届いてしみ込む。
ぐいっと冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ナプキンでパニーニを包む。
突然がたがたと慌て始めた自分を見て、さっきからまだ休憩中のポストマンも、馴染みのバールマンもぽかんとしてこっちを見ている、
「ありがと!こっちは持って帰るね!」
大きく手を振れば、ぽかんとした口が開きっぱなしの間抜け面で小さく頷いた。
この、手紙の愛の言葉に返事をしなければならない。
確かにもう、互いに思いを確認し合って、そういう仲ではあるけれど、この手紙より後に、だから。
帰ったらすぐに飛行機の手配をして、便箋と封筒とペンだけ買って、あとはお財布とパスポート、そして携帯電話だけ持って鞄につめて行けばいい。
飛行機の中で、手紙を書こう。そして、直接届けたあと、一杯の愛の言葉でもういちど告白しよう。
そうしたらきっと、彼は真っ赤な顔で頷いて、はい、と言ってくれるから。
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