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惨たるきっかけ

土日。
2010年を祝い隊。
惨たるきっかけ




人は、誰かが困っていたら、何も考えず、すぐにでも助けを起こすだろうか。
自分の中での答えはノーだ。必ずしも、その裏には、見返り、打算、その他諸々の美しくはない有償のなにかを求めているのだ。
荒れ狂う海の中に投げ出されて、荒波にもまれるなか、流されて岬についた時には、そこに立つ、自国の人間ではない、黒い髪に同じく黒い月の無い夜のような目をした、出てきた筈の国の人間が立っていたのを見て、安堵ではなく、戦慄した。
この国では、少し前に、同じような事件があったのだと、聞かされていたのだ。
同じく荒波にもまれ、前後不覚に陥った船に、自国民が取り残され、見捨てられたことにひどく憤っていたのも知っていた。
だから、助けてなどくれる筈はない、むしろ、それをしたのが自分たちトルコの人間ではなかったとしても、大方見捨てられるか、殺されるか、どちらかだろうと思ったのだ。
重い瞼が、眠るな、起きろ、みんなを助けなくてはと思うのに、言うことを聞かずに閉じて、意識は甘い砂のように溶けてしまったのだ。
目が覚めると、そこは真っ暗闇で、だというのに、周りに光があると分かった。瞼の上に、何かが乗っているのだ。手を動かして、それをどけようとしたが思ったように手は動かず、体は硬直していた。
声を上げようとしても、風の音しかこの喉は奏でず、話もできないのだと悟った。
「トルコさん、トルコさん、しっかりしなさい。」
耳から入ってくる音は誰かの声で、自分を励まそうとしているのか、なにやら必死なものがあるものの、耳に心地よく響いた。
(これをどけてくれなきゃ目線で訴えることもできゃしねえ)
しかし、もう死んだと思っていたのに、体はきちんとあるようだし、いまは声はでないが、口が乾いているからだろう。まだ、生きていることに少し驚いた。
何人助かったのか、それが知りたい。自分はどうなってもいいから、船に乗っていた人間が無事でいてほしかったのだ。
「なん・・・にん・・・」
たったこれだけ言葉を発するのに、時間を要したが、伝わればそれでいい。
「分かりません、今は。ただ、いま分かっている方で、約70名いらっしゃいます。・・・すみません、あの荒波では・・・・ここまでが限界でした・・・」
すまなそうな声とともに、次いで、通訳だろう、流暢なトルコ語が聞こえた。
600人いたのだ、あそこには。
あとの約530人はあの海に藻くずとなってしまったのだ。
胸が痛かった。

「よぉ、日本、邪魔するぜ!」
がらがらと音を立てて昔から変わらない(変わったのはこれがガラスを使ったものになったくらいだ)引き戸をあけると、奥のほうからぱたぱたと音がして、着物姿の愛しい人が顔を出す。
「あらあら、いらっしゃいませ。・・・おや、なんです、今日は・・・あれ、つけてらっしゃらないんですね?」
さっそく、この仮面をしない顔を見てくすくす笑った。
口に手を当てて笑っているその姿は、端から見れば今時そんな仕草をする人間なんてほとんどいないから、女のようだと言われるだろうに、彼がするとしっくりとはまって、なんとも不思議な空気を醸し出しているのだ。
「なんでぇ、そんな珍しがって・・・・こんな顔なんざぁ、何回だって見てるだろぃ。」
「あれ、そうですっけ?ふふ、まあ、上がってくださいな。」
促されるままに、靴を脱いで上がると、奥の方から線香の香りがした。
「?線香か?」
不思議に思ってそういうと、日本はまた、花を咲かせるように笑った。

「あなた、忘れてるんですか?今日が何の日か。・・・・今日は、貴方が助かった日ですよ。・・・・そして、多くの人が亡くなった日、です」
思い出すのも辛いことの筈なのに、こんな風に彼がいうから、何度も何度も同じ記憶を辿ってしまうのだ。
しかし、それもまた愛しい記憶に違いなかった。
「忘れてなんか、いるもんかい。・・・なあ?」
手を伸ばして撫でた日本の細いうなじは、折れそうなのに、熱く、手に力さえ入らなかった。
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