何が故に復讐を誓う
伊日
WW2ネタです。
WW2ネタです。
君はそうやってして、いつも本音を胸の奥底にしまう。
それがかなしいから、いつも君の分まで好きって言う。楽しいね、って笑う。悲しいって、泣く。そしたら、君は笑ってくれるから。出会った頃の笑顔を、彼はまだ、持っているのだろうか。
遠い、遠い彼のところではまだ、この不毛な戦争は続いている。
早々に、上司の決定で降伏をした自分に次いで、すでにドイツも、この舞台の幕をひいている。
彼一人を敵として激しくなる戦いはしかし、疲弊している民に自ら刃を突きつけるようなものだ。
それをしっかり分かっている筈だろう彼にもきっと、どうしようもないのだろう。暴走し、内側が二つに割れてしまっているのだ。
「…フランス兄ちゃん、俺、日本に会いたい…」
隣でワインに舌鼓をうつフランスに言う。しかし、彼はうん、と言わない。
「兄ちゃん!」
「…やめとけ。……日本はもう、俺たちの知ってる日本じゃないんだ。」
苦虫を噛み潰したような表情は、とても、発言に信憑性を持たせる。
「でも、」
「あいつは!……もう、今はお前のことなんて、覚えちゃいない…。目の前の敵しか、分からない」
その意見は、もっともだと思った。自分だって、戦っている最中は、国のこと、目の前の敵のことで頭はいっぱいで、遠い、極東の島国のことは、頭によぎることはなかった。
自分よりももっとずっと長くこの戦いを続けている日本は、もしかすると、もう誰のことも分からないのかもしれない。
「日本は、……もう、アイツじゃなくなってた、と、アメリカが言ってた。会ったとしても、おまえを覚えてないし、第一、お前はいまあいつの敵なんだ。」
アメリカが、新しい兵器で、彼を討つと言っていたのを思い出した。新しい兵器とは?討つとは?
日本はどうなるのか、それが不安で、怖くてならない。
「…わかってる、わかってるよ…」
泣き出してしまいそうだ。
あまりにも、遠い。
三人でいた頃のことを思い出す。暗い時代ではあったけれど、一緒にいれば、とても楽しかった。
日本の、はにかんだ笑顔が、どうしようもなく恋しかった。
沈黙を破って、伝令が慌ただしくとどけられた。フランスはそれを受け取ると、目を通してから言った。
「アメリカの新兵器が日本に落とされた。一発だが、大打撃、だな。…多分日本は動けないだろう」
「!」
走り出そうとした腕を、フランスが掴んで引き戻された。
「…行ってどうすんだ?…もう日本は終わりだ。せめて、この戦争が終わってからにしとけ」
「や、だよ、やだよ、日本が死んじゃうよ……にほん、にほん……」
耐えきれなかった涙が溢れて、言葉が出ない。
今頃どうしているだろう。ずたずたになった体を、横たえているのだろうか。
この涙は、自分のものだけれど、彼はいまどんな気持ちなのだろう。また、涙をこらえて、傷ついた心を押し殺しているのかも知れない。
久しぶりに踏んだ日本の土は、乾燥して砂埃が立つほどだ。建物は薄汚れ、トタンを集めて作ったのだろう建物が、ここを火の手が覆ったことを示している。痛々しい痕跡に、苦いものが口に広がる。かつてあまりにも輝いて見えた世界とは、かけ離れていた。
前を歩くフランスが、早く来い、とでもいうように、こちらを振り返った。本来ならば、こんなところに居ていい筈はない。同じ、戦敗国として、いまは連合に管理されているのだ。しかし、フランスは、フランスとしてでなく、フランシスとして、イタリアではないフェリシアーノを連れて行くことに頷いてくれた。これが、他に知られないように、人目を避ける形で。
日本の家の様子は、変わりはあまりなかった。しかし、立派だった大きな門は焼け落ちて、なくなってしまっていた。素敵だった庭や、門から母屋に続く飛び石も、所々焼けた様子だった。
静かに、フランスが扉を開ける。
「今日、この時間以外は会えない。イギリスとアメリカが、そりゃあ大事にしてるからな。俺たちにも会わせるのを嫌がるくらいよ」しきたりに則って、靴を脱ぎ、揃える。それを待って、フランスはまた歩き始めた。
一番奥の、かつて行き来していた頃に、みんなで寝るんだと駄々をこねたときに、日本が苦笑いをしながら寝床を作ってくれた部屋、そこに日本は横たわっていた。
昔彼にあげた本や、美術品。たしかに飾ってあった筈の場所には、日焼けしていないままの四角い跡だけがぽつりと寂しげに残っている。日本が照れながらも、柱に付けてくれた筈の、俺たちの背を比べて削った線も、黒く焦げていて見えない。
息をする音すら聞こえない程に、静まり返った部屋。彼は身じろぎすらしない。
小さく起伏する布団だけが、彼が生きて、呼吸をしていることを示していた。
「に、ほん…?」
近づけば、彼がどれほど酷い状態なのかが分かる。
口の端には、赤黒く変色した鬱血のあと。頬にはガーゼが固定されているし、顎の辺りには引きつった肌が見える。僅かに上掛けからはみ出した細く、強く握れば折れてしまいそうな、枝のような腕。そこに幾重にも重なる赤い跡。
三人の中で、桁違いの酷さだった。あの頃、確かにこんなに彼の顔色は蒼くなかったし、適度に付いた筋肉は、こんなに腕を細く見せていなかった。艶々として輝いていた黒髪も、こんなに艶を失ってはいなかった。
ぴくりとも動かず、横たわる彼に、涙があふれた。
「ごめんね、最期まで一緒にいられなくて、ごめんね……!」
握った手は、驚く程冷たかった。
ぴくり、とその手が、握り替えした気がした。
「にほん…?」
見れば、片目は眼帯の下に隠れているが、瞳が虚ろに空を見つめていた。浮遊する視線が、こちらを意志を宿してこちらを捉えた。
小さく、わずかに唇が動く。しかし、声はかすれて聞くことができない。
「…え?」
唇をじっと見る。すると、声が出ないと気づいたかれは、握られていた手をそっと、唇に招いた。
『ごめんなさい、助けられなかった』
胸が震えた。涙で彼の顔が歪んで、見えない。
「なんでっ…!こめんなんて…!」
謝るのはこちらのほうだというのに、彼は、欧州で戦う自分を守れなかったと言った。戦いの内に、彼を忘れてしまった自分に。互いに助け合うと約束したのに、一番に投げ出した自分を。
『約束、守れなくて…ごめんなさい』
「ごめんね、ごめっ…、んね!俺、俺…!」
気怠げな瞳が、優しく笑った。
泣かないで、と言っているようだった。涙を、拭う。
「裏切ってごめんね…!」
日本はまばたきを一つして、赦しを与えてくれた。手に当たる唇の感触が変わった。子供のように、控えめに舌先が手のひらを辿った。それは文字を描く。彼の言葉ではなく、こちらの言葉で。恐らくかれが、唯一覚えたイタリア語。『Ti amo』
「…にほんっ!!『愛してる、愛してる!』」
こちらも、覚えた日本語の中で恐らく一番使った言葉を返した。
焼け付く愛しさが、覆う。
この先、何がどうなっていくのか、まだ誰にも分からない。
何かに操られるようにして進んでゆく物語に、踊らされるのだろう。けれど、それでも、この気持ちだけは変わらずに持ち続けると、天に誓った。愛しい人を守れなかった悔しさに、今度こそ、たとえ守れなかったとしても、最後までそばを離れないと自分に誓う。
そっと、唇を合わせる。冷たい唇は、喰むうちに熱を持つ。深く、舌を絡めて繋がりを求めた。病人の彼にするのはいけないことかもしれないが、止まらない。
もう、何年も痛み続けて凍り付いていたものが、癒やされ、歯車が動きだす。
「おい、イタリア、そろそろ…」
気を利かせて外で待っていたフランスが、ひょこりと顔をだす。少し焦ったような顔に、もうすぐここに、アメリカやイギリスがやってくるのだと知れた。唇を解放すると、銀糸が後を引く。
日本は息もあらく、飲み込めなかった二人分の唾液が顎を伝っていた。なまめかしい、姿に喉がなった。その伝うものを舌でなめあげると、かすかに瞳が欲に揺れた。
「日本、愛してる。また……来るから…」
手を離して立ち上がる。
「カヴァリエレ気取りのヴァッファンクーロの鼻をへし折ってやらなきゃね……日本はマンマでもプリンチペッサでもない。俺のアモーレなんだから…。」
自分も、にこにこして逃げ回るだけが能ではないのだ。戦争は嫌いだ。けれど、自分のアモーレを取られて黙っているほど馬鹿じゃあない。
強く握りすぎて手のひらについた爪の痕を、舐めあげた。
さぁて、どうやって復讐してやろう
視界の端っこで、フランスが青ざめた顔で、目を見開いているのが見えた。
けれど、それはすぐに、先ほどの日本の姿と、思い出、そしてこれからの二人を想う脳内の隅に押しやられて消えた。
それがかなしいから、いつも君の分まで好きって言う。楽しいね、って笑う。悲しいって、泣く。そしたら、君は笑ってくれるから。出会った頃の笑顔を、彼はまだ、持っているのだろうか。
遠い、遠い彼のところではまだ、この不毛な戦争は続いている。
早々に、上司の決定で降伏をした自分に次いで、すでにドイツも、この舞台の幕をひいている。
彼一人を敵として激しくなる戦いはしかし、疲弊している民に自ら刃を突きつけるようなものだ。
それをしっかり分かっている筈だろう彼にもきっと、どうしようもないのだろう。暴走し、内側が二つに割れてしまっているのだ。
「…フランス兄ちゃん、俺、日本に会いたい…」
隣でワインに舌鼓をうつフランスに言う。しかし、彼はうん、と言わない。
「兄ちゃん!」
「…やめとけ。……日本はもう、俺たちの知ってる日本じゃないんだ。」
苦虫を噛み潰したような表情は、とても、発言に信憑性を持たせる。
「でも、」
「あいつは!……もう、今はお前のことなんて、覚えちゃいない…。目の前の敵しか、分からない」
その意見は、もっともだと思った。自分だって、戦っている最中は、国のこと、目の前の敵のことで頭はいっぱいで、遠い、極東の島国のことは、頭によぎることはなかった。
自分よりももっとずっと長くこの戦いを続けている日本は、もしかすると、もう誰のことも分からないのかもしれない。
「日本は、……もう、アイツじゃなくなってた、と、アメリカが言ってた。会ったとしても、おまえを覚えてないし、第一、お前はいまあいつの敵なんだ。」
アメリカが、新しい兵器で、彼を討つと言っていたのを思い出した。新しい兵器とは?討つとは?
日本はどうなるのか、それが不安で、怖くてならない。
「…わかってる、わかってるよ…」
泣き出してしまいそうだ。
あまりにも、遠い。
三人でいた頃のことを思い出す。暗い時代ではあったけれど、一緒にいれば、とても楽しかった。
日本の、はにかんだ笑顔が、どうしようもなく恋しかった。
沈黙を破って、伝令が慌ただしくとどけられた。フランスはそれを受け取ると、目を通してから言った。
「アメリカの新兵器が日本に落とされた。一発だが、大打撃、だな。…多分日本は動けないだろう」
「!」
走り出そうとした腕を、フランスが掴んで引き戻された。
「…行ってどうすんだ?…もう日本は終わりだ。せめて、この戦争が終わってからにしとけ」
「や、だよ、やだよ、日本が死んじゃうよ……にほん、にほん……」
耐えきれなかった涙が溢れて、言葉が出ない。
今頃どうしているだろう。ずたずたになった体を、横たえているのだろうか。
この涙は、自分のものだけれど、彼はいまどんな気持ちなのだろう。また、涙をこらえて、傷ついた心を押し殺しているのかも知れない。
久しぶりに踏んだ日本の土は、乾燥して砂埃が立つほどだ。建物は薄汚れ、トタンを集めて作ったのだろう建物が、ここを火の手が覆ったことを示している。痛々しい痕跡に、苦いものが口に広がる。かつてあまりにも輝いて見えた世界とは、かけ離れていた。
前を歩くフランスが、早く来い、とでもいうように、こちらを振り返った。本来ならば、こんなところに居ていい筈はない。同じ、戦敗国として、いまは連合に管理されているのだ。しかし、フランスは、フランスとしてでなく、フランシスとして、イタリアではないフェリシアーノを連れて行くことに頷いてくれた。これが、他に知られないように、人目を避ける形で。
日本の家の様子は、変わりはあまりなかった。しかし、立派だった大きな門は焼け落ちて、なくなってしまっていた。素敵だった庭や、門から母屋に続く飛び石も、所々焼けた様子だった。
静かに、フランスが扉を開ける。
「今日、この時間以外は会えない。イギリスとアメリカが、そりゃあ大事にしてるからな。俺たちにも会わせるのを嫌がるくらいよ」しきたりに則って、靴を脱ぎ、揃える。それを待って、フランスはまた歩き始めた。
一番奥の、かつて行き来していた頃に、みんなで寝るんだと駄々をこねたときに、日本が苦笑いをしながら寝床を作ってくれた部屋、そこに日本は横たわっていた。
昔彼にあげた本や、美術品。たしかに飾ってあった筈の場所には、日焼けしていないままの四角い跡だけがぽつりと寂しげに残っている。日本が照れながらも、柱に付けてくれた筈の、俺たちの背を比べて削った線も、黒く焦げていて見えない。
息をする音すら聞こえない程に、静まり返った部屋。彼は身じろぎすらしない。
小さく起伏する布団だけが、彼が生きて、呼吸をしていることを示していた。
「に、ほん…?」
近づけば、彼がどれほど酷い状態なのかが分かる。
口の端には、赤黒く変色した鬱血のあと。頬にはガーゼが固定されているし、顎の辺りには引きつった肌が見える。僅かに上掛けからはみ出した細く、強く握れば折れてしまいそうな、枝のような腕。そこに幾重にも重なる赤い跡。
三人の中で、桁違いの酷さだった。あの頃、確かにこんなに彼の顔色は蒼くなかったし、適度に付いた筋肉は、こんなに腕を細く見せていなかった。艶々として輝いていた黒髪も、こんなに艶を失ってはいなかった。
ぴくりとも動かず、横たわる彼に、涙があふれた。
「ごめんね、最期まで一緒にいられなくて、ごめんね……!」
握った手は、驚く程冷たかった。
ぴくり、とその手が、握り替えした気がした。
「にほん…?」
見れば、片目は眼帯の下に隠れているが、瞳が虚ろに空を見つめていた。浮遊する視線が、こちらを意志を宿してこちらを捉えた。
小さく、わずかに唇が動く。しかし、声はかすれて聞くことができない。
「…え?」
唇をじっと見る。すると、声が出ないと気づいたかれは、握られていた手をそっと、唇に招いた。
『ごめんなさい、助けられなかった』
胸が震えた。涙で彼の顔が歪んで、見えない。
「なんでっ…!こめんなんて…!」
謝るのはこちらのほうだというのに、彼は、欧州で戦う自分を守れなかったと言った。戦いの内に、彼を忘れてしまった自分に。互いに助け合うと約束したのに、一番に投げ出した自分を。
『約束、守れなくて…ごめんなさい』
「ごめんね、ごめっ…、んね!俺、俺…!」
気怠げな瞳が、優しく笑った。
泣かないで、と言っているようだった。涙を、拭う。
「裏切ってごめんね…!」
日本はまばたきを一つして、赦しを与えてくれた。手に当たる唇の感触が変わった。子供のように、控えめに舌先が手のひらを辿った。それは文字を描く。彼の言葉ではなく、こちらの言葉で。恐らくかれが、唯一覚えたイタリア語。『Ti amo』
「…にほんっ!!『愛してる、愛してる!』」
こちらも、覚えた日本語の中で恐らく一番使った言葉を返した。
焼け付く愛しさが、覆う。
この先、何がどうなっていくのか、まだ誰にも分からない。
何かに操られるようにして進んでゆく物語に、踊らされるのだろう。けれど、それでも、この気持ちだけは変わらずに持ち続けると、天に誓った。愛しい人を守れなかった悔しさに、今度こそ、たとえ守れなかったとしても、最後までそばを離れないと自分に誓う。
そっと、唇を合わせる。冷たい唇は、喰むうちに熱を持つ。深く、舌を絡めて繋がりを求めた。病人の彼にするのはいけないことかもしれないが、止まらない。
もう、何年も痛み続けて凍り付いていたものが、癒やされ、歯車が動きだす。
「おい、イタリア、そろそろ…」
気を利かせて外で待っていたフランスが、ひょこりと顔をだす。少し焦ったような顔に、もうすぐここに、アメリカやイギリスがやってくるのだと知れた。唇を解放すると、銀糸が後を引く。
日本は息もあらく、飲み込めなかった二人分の唾液が顎を伝っていた。なまめかしい、姿に喉がなった。その伝うものを舌でなめあげると、かすかに瞳が欲に揺れた。
「日本、愛してる。また……来るから…」
手を離して立ち上がる。
「カヴァリエレ気取りのヴァッファンクーロの鼻をへし折ってやらなきゃね……日本はマンマでもプリンチペッサでもない。俺のアモーレなんだから…。」
自分も、にこにこして逃げ回るだけが能ではないのだ。戦争は嫌いだ。けれど、自分のアモーレを取られて黙っているほど馬鹿じゃあない。
強く握りすぎて手のひらについた爪の痕を、舐めあげた。
さぁて、どうやって復讐してやろう
視界の端っこで、フランスが青ざめた顔で、目を見開いているのが見えた。
けれど、それはすぐに、先ほどの日本の姿と、思い出、そしてこれからの二人を想う脳内の隅に押しやられて消えた。
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西條事情
店主:西條
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店名:三日月商會
アドレス:http://blaueterra.blog.shinobi.jp/
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