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午前3時に始まる物語

伊日。午前2時の告白の続き。完結しました。
午前3時に始まる物語




もう、限界だと思ったら、途端に自分が愚かで惨めで、耐えられなくなった。いっそ存在ごと消えてしまえたなら、と思った。
悔しくはない。
ただ、やるせないだけだ。解っている。初めから、これを割り切って付き合うべきだったのだと。もちろん、割り切っていたつもりだったのに。いつの間にか、好きになっていた。いや、ちがう、いつの間にか割り切ることもできないくらいに彼を独占しようとしている自分に驚愕したのだ。
深夜2時、眠れなくて、袂に携帯電話と鍵だけ持って、ぽちくんと一緒に、静まり返った街へ足を踏み出す。虫の鳴き声すらしない。世界にひとりだけなように思える。
歩きながら、初めて出会ったころのことや、告白された頃のこと、初めて交わった時、色んな時を思い出した。
「ねえ、菊。俺と付き合ってみない?」
そう言われて、心から嬉しかったのだ。こんな、体も小さく、肌は白くない、不気味だとまで言われた、表情の薄い顔に、黒い瞳に黒い髪を持つ自分を好きと言ってくれるのか、と。ほのかに甘く滲んでいた恋心に終着点が見えたと。しかし、今思えば、彼は、付き合ってみないかとは言ったけれど、愛してるとか、好きだとか、そうは言わなかったのだった。
二人が付き合い始め、それに気がつくのには時間はかからなかった。
「俺、菊と付き合ってるんだ~!」
そう紹介されるたび、得意の愛想笑いの中、心の深いところの傷を抉った。
何故なら、愛されてはいないと気づいたと共に、彼は、女の子と遊ぶのをやめないのだと理解したからに他ならない。求められれば、彼は自分を愛していないと知りながら、それでも彼を好きな自分は、卑怯にもそれを断ることもせず、惜しむことなく応えた。
いくら情事の最中に、愛してると言われても、信じることはできなかった。
そして、昨日。
久しぶり、何ヶ月ぶりか知れない、彼からの約束で待ち合わせに向かえば、彼は言ったのだ。
「ごめんね、菊!俺、このあとすぐ、あの子と約束があるんだ!…だから、今日はありがとっ」
思わず、驚愕を通り越して、指差す先の彼女に怒りさえ覚えず、笑いがこみ上げてきた。
笑いと共に潤み出す視界を耐えて、一発、お見舞いしたのだ。
「いいかげんにしてください!」
彼を打った手が、熱かった。
早足で去る途中、振り返ったけれど、彼は頬を抑えて、心配している様子の彼女に笑っていた。
「あ、すみません」
こみ上げる涙を抑えて歩いていたので、目の前の人に気がつかなかった。
「あれ?菊ちゃん?」
「…あ、フランシス、さん」
知った声に顔を上げれば、見覚えのある柔らかくカーブした金髪。彼は優しく笑うと、
「なんかあった?」
と言ってくれた。こらえていた涙が、安心したのか、溢れて流れる。焦る彼に、すみません、ちょっとだけ胸貸してください、と言うと、何もいわずに抱きしめてくれた。泣き終わるまで待って、彼は家まで心配してついてきて、おいしいご飯を作り、旧友のアントーニョさんとギルベルトさんも呼んで4人で夕食を食べのだった。
彼らは私に何があったのかは一切ききはしなかったが、皆、気を使って、励ましてくれようとしているのが分かって、申し訳ないと思った。今頃は客間でぐっすり眠っているのだろう。
自宅から少しあるいたところに、公園がある。よく、彼ときた公園だ。彼の家からもそう遠くないこの場所は、よく待ち合わせに使ったり、デートの帰りに別れを惜しんだりした。
しかし、同時に、何度も彼と女の子を目撃した場所でもある。
(…なんて、馬鹿な人なんでしょうね、)
分かってしまうような場所を選ぶとは。初めはそう思ったけれど、すぐに気がついた。自分もその中のひとりなんだと。しかし、苦しい日も、もう終わりにしてしまおう。いろいろと、思い出してしまったせいで涙が溢れた。それに共鳴するみたいに、空からも雨が降り始めた。携帯電話を取り出す。慣れた手で番号を呼び出す。思えば、こちらからかけることのほうが断然多かった。
通話を押して、冷たい呼び出し音を響かせる向こう側へ意識をやる。出ないかも知れない。そう思ったが、すぐにそれは消される。
「…もしもし?」
彼の、声だった。胸が震える。緊張で、手も震えた。涙が、溢れて前が見えないし、声も上手く出てくれない。
「…泣いてるの?」
「…い、ままでありがとう、ございました。ヴァルガスくん、さようなら」
嗚咽もまじって、みっともない。もっと、笑って、格好良く別れたかった。
「わかれ、」別れましょう、そういいかけて、かれが遮る。待つ必要なんてあるものか。けれど、せめて最後だから、少しでもこちらにだけ流れる声を聞いていたい。それに、かれの少し焦った声が、珍しいから。
「俺、今やっと、菊を一番愛してるって気がつけたところなんだ」
周りくどいことを好まない彼らしい言葉だと思った。しかし、なら今まではやはり、愛されていなかったのだ。思っていたことがまちがっていなかったショックや、笑える滑稽さに言葉は失せる。
「ねえ、俺と付き合ってください?」
答えない私にじれたのか、また彼は言葉を紡ぐ。付き合ったところで、今と同じことが繰り返されないとも分からない。信じることができない。信じたいのに。なにもいわず、かれの言うことだけを信じることができたら、もっと素直になれたらいいのだが、そうはいかない。ましてこの電話口であるから、表情なんて読めない。嘘を吐いている、かも知れない。受話器の向こうに、誰かいるのかもしれない。答えられずにいると、また、柔らかく、暖かい声が向こうから聞こえた。
「ね、今、何処にいるの?」
この声は、彼がよく、事に及ぶ時に使う声だ。甘い、声。つい、口が勝手に、意志を捨てて答えた。
「………公園、です」
向こう側の音が、かすかに聞こえる。彼は、そう、とも何とも言わなかった。通信は続けたまま。彼は何をしているのだろう。暫くして、こちらと同じ、雨の音が入った。…外にでているのかも知れない。傘もささずに、公園で立ち尽くす。もう、切ろう、と思ったその時、微かに足音が響いた。

「きく!」
呼べば、びくりと肩を揺らす。振り返ってはくれない。だから、後ろからぎゅっと抱きしめた。やっぱり、泣いていたんだろう。こんな、雨の中。
「どうして、傘、さしてないの?…風邪引いちゃうよ…?」
久しく抱きしめていなかった彼の体は、雨で冷え切っていた。濡れた髪を食む。
びくり、と腕の中の彼が動いた。「ヴァルガス、くん」
他人行儀な、呼び方。
「やだよ、いつもみたいに名前で呼んでよ」
菊は身じろぎしただけで、呼んでくれない。
「…ヴァルガスくん、もう、私、辛いんです。あなたは、数いるうちの一人だって思ってるんでしょうけど、私だって、それでもいいって思ってましたけど、…やっぱり、私はあなたのことが好きだから、誰かを抱いてほしくないとか、自分だけがいいとか、どうしても考えてしまうんです。それならいっそ、別れた方が、私は楽なんです。」
声が、震えていた。
どんなに悩んだんだろう。どんなに辛かったろう。どうして、そんなにも愛してくれていたのに気がつかなかったんだろう。ステイタスを求める女の子たちとは、やっぱり違った。どうしようもなく、愛しい。初めてそんな感覚を知った。ずっと、愛が欲しくてたまらなかったんだと思う。
そっと彼をこちらに向けると、涙で頬は濡れて、綺麗な顔はぐしゃぐしゃだった。こんなに泣かせたのは、自分なのだ。
「気がつけなくて、ごめんね、菊…」
頬の涙を拭いてやる。
「俺、菊を愛してる。だから、ずっと一緒にいたい。こんな俺だから、菊みたいに、ちゃんと分からせてくれる人じゃないと、駄目なんだ。もう、菊以外いらなくなっちゃった。」
目を、漸く合わせることができた。かれの目は、不安に揺れている。本当なのか、どうか、計りかねているのかも入れない。
「……殴って、すみませんでした。一発、頂いても構いません。」
じれて、漸く声をだした菊は、そう言って横を向いた。頬を差し出している。
「…?」
「殴っていいです。一発なら」
変なところで真面目だ、でも、かわいい。
殴る代わりに、キスをお見舞いしてやると、恥ずかしさのためか、怒っているのか、顔を真っ赤にして口をぱくぱくするから、その唇を食べてやった。




(なんでフランシス兄ちゃんが…?)
(ああ、…)
(……なんで?)
(違います!私はあなたとは違います。)
(…俺、まだ何も言ってないよ~…とりあえず、)
(あっちょっと!だめです!聞こえちゃいます!)
(やだよ。)
(ん、ぅふぁ!アーーーッ!)
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