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弱虫の決意

伊日。
弱虫の決意





秋の匂いが滲み始めた風が、まだぎらぎらと照りつける太陽の中、癒すように間を吹き抜けてゆく。
秋の味覚の、初物のさんまを塩焼きにしながら、台所の格子窓から空を見上げた。
台所に、美味しい、魚の焼ける匂いがいっぱいになる。
「おっと、」
窓を開けるのを忘れていた。
美味しい匂いは好きだが、劣化したその匂いが何日も家の中をさ迷うのは良いものではない。
大概、庭に面した居間や客間はいつも風を通すように開け放っているので、あまり問題はないかも知れないが。
窓を開けようと菜箸を置いたのと同時に、背後から手が伸びてきて、先にその手が格子窓を開けた。
「わっ」
「ヴェっ!ごめん、驚かせた?」
少し傷ついたように、しゅんとして言うので、慌てて否定する。もちろん、さんまを見る手は休めずに。
「いいえ。…まだシエスタをされていると思っていたので。」
「美味しい匂いがしたから、起きちゃった。」
1ヶ月前、彼は大きな花束とともにやってきた。
その日はどうしても体を上げることが出来ず、式典もあるというのに、古傷の痛みに、ついに玄関まできておいて足から力が無くなりへたりこんでしまっていた。
息も苦しく、だんだん呼吸が浅くなり、意識も薄くなる。
意識を失う直前、彼はその花束と共に姿を表したのだ。
「…イタ、リアく、ん……」
声になっていたのかは分からないが、がさ、とその真っ赤な薔薇の花束を床に落とすと、彼は何も言わず、この泥のようになって動かない体を抱きかかええた。
ふわりと体が浮く感覚がして、それから暖かい感触が体を覆った。心地よい心音が耳に響く。
そこで意識は途切れたのだった。目が覚めた時、ひんやりとした感触が額を覆っていて、驚いて瞳を開けると、なんとも形容しがたい、ただ、胸が熱くなるような顔をしたイタリアくんと目があった。「…日本。……おはよう」
「…おはよう、ございます」
答えると、ぷわっと花が咲いたように満面の笑みになる。安心した、そんなような笑みだった。

それからずっと、彼はここに滞在していた。
いつもはこの時期、絶対に寄り付かないアメリカさんが来た時は、速やかに締め出し、式典帰りのロシアさんや、フランスさん、イギリスさんにトルコさん達が来たときも、家事をさせまいと、細々と動き回った。
仕事はいいんですかと言えば、この時期はバカンスにみんな出かけるから大丈夫だと言う。
心配になりロマーノくんに電話をかければ、俺もバカンス中だと言ってすぐに切られてしまった。もしかすると時間的にシエスタの時間だったのかもしれない。
そんなイタリアくんが滞在しているということで、仕事は極力減らされた。どうしても出かけなければいけない時は、必ずイタリアくんもついてきた。

後ろから覆い被さる彼に苦笑しながら、心配をかけたのだな、と思った。
「美味しそうだねぇ~っ!」
「そうですね。初物ですからね、……イタリアくん、」
振り返る事ができないので、へその辺りに回された、自分より大きな手に、そっと手を重ねる。
「うん?」
視線を巡らせたその先に、彼のくるんが目に入る。少し、震えていた。
「ありがとうございます。」
何を、とは言わないが、彼にはそれでもきっちりと伝わるだろう。こういう時、彼は想像できないくらいに頼もしい。
北欧の彼や、ドイツさんよりも小さいのに、(自分よりは大きいのだけれど)その存在はすべてを包み込むくらいに深く広いのだ。
イタリアくんは、何とも言わず、けれど、手に力を込めた。









(俺、今度はちゃんと、守るって決めたんだ。逃げないって。そばを離れないって)
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