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trustU1

露日です。こんな日に不謹慎かもしれないので、史実系が苦手な方は回れ右。
この先は自己責任
trustU 1




窓際の、花の隣、ようやく訪れた若葉の季節の日差しを受ける、並んだ人形。木でできているそれを、しんと静まり返って自分以外の人の気配が一切ない部屋の隅から眺めた。脳裏を掠める懐かしい日の出来事が、今、ありありと目の前に蘇った。


「可愛いでしょう?この、入れ子式の人形……」

その時、指先から魔法がかかったみたいに、小さなその人形の中から中から同じ、似た顔のしかし違う姿の、一回り小さな人形が現れるのをみていた。
「わあ、すごいねえ、」
遠い、極東、その先のその人は、繊細な、優美な指先を操って、ひとつ、またひとつと中から取り出していく。真っ黒な髪に真っ黒な瞳をした彼はとても神秘的で、象牙色の肌に痩せた、しかしどことなく憂いを帯びて艶めかしい体をしていた。
初めて見たときは、垣根越し。偶然見えたというのがぴったりで、それからその姿が目から離れなくなった。幾分かして、正式に言葉を交わし、顔を合わせてからは、会いに行くのが楽しみでならなかった。
東洋の美と神秘を表現した小さな人形。
手のひらに納めると、軽く、温もりがあった。
「お気に召しましたか?」
「…うん。」
花が開くような笑顔に、どきりとした。
「…そういえば…あなたは、以前私の国民を助けてくださったのでしたね。」
「ん?うん。光太夫さん?」
「ええ。ありがとうございました。あの時はお礼も言えず、申し訳ないことをしました。」
お茶を見つめて、口が小さく開く。それに釘付けにされてしまった視線を、どうやっても外すことが出来ず、柔らかそうな唇を見つめながら、言葉を使わずにこくり、と頷いた。
「おや、まあ、可愛い人ですね」ころころと袖で口を隠しながら笑う姿は、とても妖艶で、心を奪われたのだった。
「兄さん、これは…?」
ベラルーシがいつもの無表情で、机の上に転がる大量のそれをひとつ、拾い上げて問うた。それでようやく現実に引き戻されて、定まっていなかった焦点が彼女へうつされる。
「ああ、それ…?」
その手から人形を受け取り、笑う。
「変わっていますね、」
「うん。ほら、こうやって…」
ぱかり、とあける。中にはもうひとつ人形が入っている。
「まあ…」
いつもはあまり変わらないベラルーシの表情も、今は驚きに目を見張っている。
あのときの自分も、そんな顔をしていたのだろうか。結局、彼はそれを帰りしなに「お土産ですよ」と笑って手渡してくれた。遠く、はるばる異国の地に降り立ったその入れ子人形。
「ふふ、これはね、幸せの証なんだよ。」
「はあ、」
よくわかっていない声でベラルーシが答える。
「マトリョーシュカ、マトリョーシュカ。…これを変わりに日本くんにプレゼントしようかな。」
うふふ、と、めったに笑わなくなった(ベラルーシは兄の本当の笑顔をあまりみたことがなかった。)彼が笑うのを、複雑な目をしてベラルーシはみていた。
「日本くんって、とっても綺麗だよね。僕、日本くんが好きだなぁ」
それが、どちらの意味なのかわからず、曖昧に返事を返した。
それから何度も彼の土地へ足を運び、いつしか信頼関係を結ぶ二人を、よく思う人は少なかった。
それはよく日本に向けて、アメリカやイギリス、はたまたフランスまでその付き合いは感心しないな、と言われた。それをロシアは遠くに座って聞いているだけだ。しかし、必ずその後も日本はしっかりと、ロシアの隣の席についた。それは恐らく、日本としてでなく、個人としての行動だと、ロシアは思っていた。
何故なら、二人は以前に対峙している。一度は敵となっても、勝利を掴んだあと、日本は何度もロシアの家に上がり、すみません、と言った。

「私はもう、これ以上ここにはいられないようです。」
会議が始まる直前、日本はロシアの横に並び、蒼白な顔をして呟いた。風邪を通り越して限界突破した彼は、顔色は悪く、やせ細り、しかし眼光だけは鋭かった。筆記具を持つ手は、ふるえていた。
同じように具合わるそうにしているのが殆どの中で、飛び抜けて蒼白だった。
ロシアはいやな予感がして、日本を振り返る。日本は俯いて、歯を食いしばっている。
「…僕といっしょになる?」
聞いてみたけれど、彼は泣きそうなくらいの目をして、黙って首を振るだけだった。それは予想できていたことで、この胸に芽生えた淡い思いも、胸騒ぎに霞んだ。艶を無くした黒髪が、苦しげに揺れていた。
そして、彼は、とうとう遠くへ行ってしまった。

「僕は日本くんには手をださないからね。」
戦禍の最中、久しぶりにまみえた彼は、あの日よりももっと顔色が悪かった。上司同士の約束の場所に現れた彼は、約束を交わすと幾分か落ち着いて、微かに、微かに口角があがるのが見えた。
「ありがとう、ございます…」
痩せた手。それが今の彼の戦況を物語っていた。多勢に無勢だと思うのに、それでも彼らは上げた拳を下げることができずにいる。彼らにとって、生きる道はそれしかないのだ。しかし、敵であるにも関わらず、こちらへ約束を持ちかけたというのだから、まだ、頼れるだけの余裕がある位置ということなのだろうか。もし、そうでないなら。自分の上司の考えが読めるような気がして、背筋が冷たくなった。
「……ねえ、辛い?」
そう言うと、日本は深くため息をついた。
「ええ、正直に言うと。」
「なら、止めにしない?…僕なら君を助けられると思うんだけど…」
「そういう訳にはいかないのです。あなたには分からないでしょうが、歴史はあなた方よりも古くても、こんな小さな私ですから、すぐに潰されてしまう。」
彼のいう意味は分かる。ずっと、単一民族で構成されていた国。そして他国との諍いから遠かった国。隣の中国や、いままさに日本が支配をしている国々のように、負ければ恐らく、この小さな彼のこと、消え去ってもおかしくないと考えたのだろう。
そう思うのも無理はないと、思った。しかし、真実はそうではない。
皆が彼を欲しいというのは別の意味だということに、気がついていないのだ。
「…日本くん。」
痩せた手を、とった。
きっと抵抗すると思ったのに、日本くんは抵抗もせず、されるがままにこの腕に収まった。
体も、例にもれず痩せていた。
声が震える。
この先に彼に起こり得ることが見えてしまう。
「日本くん、……好きだよ。」
今、ここで伝えなければならない気がした。
彼は、小さな頭を胸に押し付け、まるで泣いているみたいだった。肩が少し震え、細く、長くため息をついた。
「…あなたにお伝えしたいことがあります。私がもし、無事で、またあなたと合間見えたなら、そのときに聞いてくださいますか?」
涙声というのだろうか、鼻に抜けるような声で、ぽつりと日本くんは言った。まるで、思い合う恋人同士のようなやりとり。しかし、彼が無事で、というのが有り得るだろうか。恐らく、この言葉自体が答えなのだと思った。それを知りながら、今聞きたいと、言うことはできなかった。
「うん。もちろんだよ」
無事を祈り、いつかきちんとした言葉で彼の口から聞けることを願った。
しかし、やはり戦局はうまくなく、当たり前のように疲弊した国をなぶる。
彼を誘惑した者、刃向かうもの、すべてをなぎ倒しながら、今頃いけ好かないあの男とでも戦っているのだろうか。嫉妬心か、殺したくなるくらいに思えた。自分以外に傷つけられるくらいなら、と。それでも、あの日の約束を思い出すと、心が自然と落ち着き、暖かくなる。
嫉妬し、殺意を覚え、思い出し、心が凪いでいく。それを何回もくりかえした。
手元にある彼の写真にキスを落とす。無事でいてほしい。攻撃する側であるのに、と上司に知られたなら嫌みのひとつでも言われそうな話しだ。この気持ちが国としてなのか、それとも自分としてなのか分からなかったのに、今は自分自身の気持ちだと断言できた。
「日本くん…」
まだ敗戦の報告はきていない。
写真の彼を、優しく撫でた。
「ロシアさん、あの、…」
小さく震えながら、ラトビアが扉の向こうから頭を垂れていた。
「なあに?」
「上の方が…お呼びです。あの、早急に、ということです。」
「……。」
嫌な、予感がした。
こういう時、勘が外れたことはない。自分の顔が恐ろしい顔になっていたのか、すれ違いざま、ラトビアは怯えて震えを大きくして後ずさっていくのが見えた。心臓の音が五月蝿い。激しく脈打ち、胸騒ぎがした。
上司のところへ行く道すがら、出くわす人が皆、左右へ道を空けた。

「僕になにか様かな?」
上司を目の前に、勧められたらソファに座ることもできない。

「日本との同盟は、破棄する。明日、日本に侵攻する。」
耳を通過して、遠くへ通り過ぎてしまうような感覚に陥った。
鈍器で殴られるなんて、易しいものではない。
頭が真っ白になって、じわじわとその意味を噛み締める。
「何いってるのかな?」
勘が告げていたことと同じことで、一番恐れていたことだった。
それなら彼は、一体誰に頼ればいいのだろう。既に仲間と言っていた二人は降伏している。
孤立無援の状態でなお、倒れた二人のためか、自分のためか、未だ戦い続けているのだ。
「…それじゃ、あの約束はどうなるの?」
「……。たかが約束だ。国の意思は決まった。…準備をしなさい。」
そう言うなり、右手に持っていた彼の写真を抜き取り、真っ二つに引き裂いた。
「あ!」
「こんなものを、いつまでももっていられる程、甘くない。」
上司の言葉は、深く胸にささった。

コートを着込む傍ら、破られた写真はやっぱり捨てることが出来ずに、セロテープで修復をした。歪になってしまった彼の写真。
前後不覚になるほど狂ってしまった彼と、その先を示している気がした。
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