キューピット
リト日。+ポー
キューピット
*
*
*
空から、飛行機の音が聞こえる。今日は晴天、雲一つないから白い機体がよく見える。
遠い距離を異国からやってきて、また飛び立つそれらを見ると、何故か胸が締め付けられた。
簡単には会えないということが、つらく思えるのだ。
この老いた自身にもまだそんな、初々しいような感覚が残っていたとは、少し驚きである。
台所の格子窓の向こう、青空を白い機体が横断していく。
その後を白い飛行機雲がついていった。
「…、はい、ええ、はい。…そうですか、仕方ないですね。いいえ!そんな、…お気になさらずに。…。では。」
黒電話をがちゃりと音を立てて奥と、肺一杯だった空気を吐き出す。急な予定変更など、よくある話ではないか。
と、思うのに、どうしても、気力が抜け出てしまった。
なぁんだ、とひとりごちる。
買い出しておいた食料も、ここしばらく買い物に行かずにすむと思えば、まぁ、さして悪くない。ため息は出るけれど。
相手方が一生懸命謝ってくれているかぎり、それ以上責めるべきではないし、それをするような人間でもない。ようは、物わかりがいい、あきらめているのだ。
「さあて、どうしよう?」
予定外に余ってしまった今日のスケジュール。
今日、明日、2日はあいてしまっている。洗濯や掃除は済ませてしまったので、それ以外。
独りで映画?それは嫌だ。焼き肉、ボウリング、カラオケ…。
思いついては消え、思いついては消えてゆく。
ワン!とポチくんが鳴くまで考えて、この2日は目一杯ゴロゴロすることに決めた。
昼ご飯も、新たに作ることはせずに、朝炊いておいたご飯をおむすびにして、おしんこを添える。お茶を入れて、それと一緒に縁側に運んだ。
もそり、もそりと口を動かし、直ぐに平らげて、もうやることがなくなってしまった。
「……寝ますか、」
やることがない上にやる気もでない。仕方がないので縁側に、品のないことだとは思いながら、いいじゃないか、風流で、と体の良い言い訳をして横になる。
また、空を飛行機が飛んでいった。
日本さんの諦めたような力ない声を聞いて、胸がぎゅっとなった。しかし、どうしようもない。
国であるかぎり、それなりの拘束がある。航空券は国費だから、その辺りは便利だけれど。
いまごろどうしているだろうと空を見上げる。大きな音を立てて飛行機が空港から飛び立つのが見えた。
「行かなくていいんですか?」
日本語の通訳も勤めているヴィオレッタが心配そうに言う。仕方がないのだと割り切れないのは、あんな声を聞いたのが初めてだったからだろう。
ため息を一つついて、まだ資料を抱えて待っていてくれているヴィオレッタに頷いた。
「これも俺の勤めだから」
「へっぷしょい」
どれくらい眠っていたのか、冷えたのか、くしゃみで目が覚めた。頭がぼんやりしすぎて、今どこなのか一瞬分からなかった。
起き上がると、見覚えのない上掛けがかかっていたらしく、ずるりと落ちた。
「あ、やっと起きたしー!」
聞き覚えのある声にはっとする。視界が顔で一杯になった。
「ち、近い近い!近いですよポーランドさん!」
「ん。リトに頼まれたし、飛んできた。やのに日本寝てるとかマジありえんし!」
ぷっくり頬を膨らませる様は、まるで子供のようだ。
「…リトアニアさんが?」
「うん。リトが、日本独りにしたらかんから、行ってきてってゆってたし。」
「そうですか。」
なぜまた彼がそうしたのか知れないが、もしかすると、電話口での会話で、私が楽しみにしていたのに気がついたのかもしれなかった。だとしたら、とても申し訳ない。
「どこか、行きたいところはありますか?」
そう言うと、ポーランドさんは、考えるように頬杖をつき、んー、と喉から声を出した後、ぽん、と手をついた。
「決めたし!今からリトのとこに行けば問題解決だし!」
「は、え?」
ぽかんと口を開けると、にかりと笑うポーランドさんと目が合う。
「そうなったら早く用意せなかんて!ほら、」
いきなり自宅の電話に手をかけると、恐らく電話の向こうにいるのは私の上司だと思うのだが、「もしもしー?俺、俺だし!日本しばらく借りるし、仕事いかんしよろしく!は、PCは持ってかせたら問題ないし。じゃー」と勝手にことを進めてしまった。
次にまた電話を取ったと思うと、「俺俺ー!日本からリトん家までチケット欲しいんだけど!ん、何があるかはまた話すし、取りあえず今から空港行くし、話通しといて!んー、じゃあ頼んだし!」
「ぽ、ポーランドさん?どなたにかは知りませんが、いくらなんでも…」
しかし、それすら聞かずに彼は被せるようにして、準備をしろと曰った。
そうして慌てて準備をして、手を引かれるようにして家を飛び出した。タクシーまで用意していたのか、家の近くにいたそれに乗り、目的地を言うこともなく車は走り出す。隣の彼はというと、至極楽しそうに鼻歌を歌いながら窓の外をながめていた。
成田空港に到着するなり、ターミナルに横付けしたタクシーを降りて走り出す。
チェックインから検問まですっとばし、走りながら迎えにきたフィンエアーの係員に手を引かれるようにして、二人走る。ちらりとみると、先ほどよりももっと楽しそうに笑っていた。
ファーストクラスの席は、異様に広く、なんだか落ち着かない。せいぜいビジネスクラスでよかったのに…フィンランドさんの気遣いだろうか。
ポーランドさんはというと、「うどんですかぃ」をおいしそうに、そして上手に音を立てて食べている。
乗ってしまえば、あと約10時間はでられない。画面に表示されている飛行情報をじっと見つめた。
降り立った、乗り継ぎのフィンランドは晴天。空気こそすこし冷たいが、寒すぎることもない。夕方だというのに、まだ暮れもせずに、不思議な碧さを保つ空がきらりとめに入った。
ここからまた小型機に乗り換えて、彼の元へ行く訳だ。ここまでなんやかんやでなし崩しについてきてしまったが、ハッと我にかえる。向こうは国務の真っ最中だというのに、こんなことをしてしまって良いのだろうか…。戸惑わせてしまうだけなのではないのだろうか。不安が襲う。
「あ、日本さ~ん!」
ほわりとした声で、日本語で名前を呼ばれて顔をあげると、同じくほわりとしたフィンランドさんの笑顔。
「こんにちは、お世話になります。…すみません、ご迷惑をかけてしまって…」
「いえ~!全然ですよ。むしろ、日本さんにもっとこちらへきてほしいくらいですから」
「そ、そうですか…?」
「もちろん。それに、今が一番いい季節ですし・・・・」
そこまで言って、横からポーランドさんが割り込む。
「も~そんな話はあとでええし!はやく乗換せんとかんが!リトまっとるし!」
フィンランドさんとの話もそこそこに、小型機に乗り込むと、レトロな期待に小さく収まる。
男性の客室係が、チョコレートの籠をもってやってくる。
甘い味がひろがって、長旅の疲れを癒してくれた。
眼下には美しい海と、雲、空が広がる。こんな遠いところまできてしまったと、感慨深くなる。
リトアニアさんはどうしているだろうかと、思うけれど、ここは勢いに任せた方がうまくいく気がして、
しばらくは考えないことにして、眸を閉じた。
(あれ?日本・・・さん?)
(・・・・その・・・・こ、こんにちは)
(えっ?・・・えっ?)
久しぶりに会ったその顔は、驚き、でも喜びに満ちていて、とりあえずはポーランドさんの計画は成功したんだろう。
今は彼の行動力にひたすら感嘆するしかないけれど、
お礼はなににしようか、と頭の隅で呟いた。
*
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空から、飛行機の音が聞こえる。今日は晴天、雲一つないから白い機体がよく見える。
遠い距離を異国からやってきて、また飛び立つそれらを見ると、何故か胸が締め付けられた。
簡単には会えないということが、つらく思えるのだ。
この老いた自身にもまだそんな、初々しいような感覚が残っていたとは、少し驚きである。
台所の格子窓の向こう、青空を白い機体が横断していく。
その後を白い飛行機雲がついていった。
「…、はい、ええ、はい。…そうですか、仕方ないですね。いいえ!そんな、…お気になさらずに。…。では。」
黒電話をがちゃりと音を立てて奥と、肺一杯だった空気を吐き出す。急な予定変更など、よくある話ではないか。
と、思うのに、どうしても、気力が抜け出てしまった。
なぁんだ、とひとりごちる。
買い出しておいた食料も、ここしばらく買い物に行かずにすむと思えば、まぁ、さして悪くない。ため息は出るけれど。
相手方が一生懸命謝ってくれているかぎり、それ以上責めるべきではないし、それをするような人間でもない。ようは、物わかりがいい、あきらめているのだ。
「さあて、どうしよう?」
予定外に余ってしまった今日のスケジュール。
今日、明日、2日はあいてしまっている。洗濯や掃除は済ませてしまったので、それ以外。
独りで映画?それは嫌だ。焼き肉、ボウリング、カラオケ…。
思いついては消え、思いついては消えてゆく。
ワン!とポチくんが鳴くまで考えて、この2日は目一杯ゴロゴロすることに決めた。
昼ご飯も、新たに作ることはせずに、朝炊いておいたご飯をおむすびにして、おしんこを添える。お茶を入れて、それと一緒に縁側に運んだ。
もそり、もそりと口を動かし、直ぐに平らげて、もうやることがなくなってしまった。
「……寝ますか、」
やることがない上にやる気もでない。仕方がないので縁側に、品のないことだとは思いながら、いいじゃないか、風流で、と体の良い言い訳をして横になる。
また、空を飛行機が飛んでいった。
日本さんの諦めたような力ない声を聞いて、胸がぎゅっとなった。しかし、どうしようもない。
国であるかぎり、それなりの拘束がある。航空券は国費だから、その辺りは便利だけれど。
いまごろどうしているだろうと空を見上げる。大きな音を立てて飛行機が空港から飛び立つのが見えた。
「行かなくていいんですか?」
日本語の通訳も勤めているヴィオレッタが心配そうに言う。仕方がないのだと割り切れないのは、あんな声を聞いたのが初めてだったからだろう。
ため息を一つついて、まだ資料を抱えて待っていてくれているヴィオレッタに頷いた。
「これも俺の勤めだから」
「へっぷしょい」
どれくらい眠っていたのか、冷えたのか、くしゃみで目が覚めた。頭がぼんやりしすぎて、今どこなのか一瞬分からなかった。
起き上がると、見覚えのない上掛けがかかっていたらしく、ずるりと落ちた。
「あ、やっと起きたしー!」
聞き覚えのある声にはっとする。視界が顔で一杯になった。
「ち、近い近い!近いですよポーランドさん!」
「ん。リトに頼まれたし、飛んできた。やのに日本寝てるとかマジありえんし!」
ぷっくり頬を膨らませる様は、まるで子供のようだ。
「…リトアニアさんが?」
「うん。リトが、日本独りにしたらかんから、行ってきてってゆってたし。」
「そうですか。」
なぜまた彼がそうしたのか知れないが、もしかすると、電話口での会話で、私が楽しみにしていたのに気がついたのかもしれなかった。だとしたら、とても申し訳ない。
「どこか、行きたいところはありますか?」
そう言うと、ポーランドさんは、考えるように頬杖をつき、んー、と喉から声を出した後、ぽん、と手をついた。
「決めたし!今からリトのとこに行けば問題解決だし!」
「は、え?」
ぽかんと口を開けると、にかりと笑うポーランドさんと目が合う。
「そうなったら早く用意せなかんて!ほら、」
いきなり自宅の電話に手をかけると、恐らく電話の向こうにいるのは私の上司だと思うのだが、「もしもしー?俺、俺だし!日本しばらく借りるし、仕事いかんしよろしく!は、PCは持ってかせたら問題ないし。じゃー」と勝手にことを進めてしまった。
次にまた電話を取ったと思うと、「俺俺ー!日本からリトん家までチケット欲しいんだけど!ん、何があるかはまた話すし、取りあえず今から空港行くし、話通しといて!んー、じゃあ頼んだし!」
「ぽ、ポーランドさん?どなたにかは知りませんが、いくらなんでも…」
しかし、それすら聞かずに彼は被せるようにして、準備をしろと曰った。
そうして慌てて準備をして、手を引かれるようにして家を飛び出した。タクシーまで用意していたのか、家の近くにいたそれに乗り、目的地を言うこともなく車は走り出す。隣の彼はというと、至極楽しそうに鼻歌を歌いながら窓の外をながめていた。
成田空港に到着するなり、ターミナルに横付けしたタクシーを降りて走り出す。
チェックインから検問まですっとばし、走りながら迎えにきたフィンエアーの係員に手を引かれるようにして、二人走る。ちらりとみると、先ほどよりももっと楽しそうに笑っていた。
ファーストクラスの席は、異様に広く、なんだか落ち着かない。せいぜいビジネスクラスでよかったのに…フィンランドさんの気遣いだろうか。
ポーランドさんはというと、「うどんですかぃ」をおいしそうに、そして上手に音を立てて食べている。
乗ってしまえば、あと約10時間はでられない。画面に表示されている飛行情報をじっと見つめた。
降り立った、乗り継ぎのフィンランドは晴天。空気こそすこし冷たいが、寒すぎることもない。夕方だというのに、まだ暮れもせずに、不思議な碧さを保つ空がきらりとめに入った。
ここからまた小型機に乗り換えて、彼の元へ行く訳だ。ここまでなんやかんやでなし崩しについてきてしまったが、ハッと我にかえる。向こうは国務の真っ最中だというのに、こんなことをしてしまって良いのだろうか…。戸惑わせてしまうだけなのではないのだろうか。不安が襲う。
「あ、日本さ~ん!」
ほわりとした声で、日本語で名前を呼ばれて顔をあげると、同じくほわりとしたフィンランドさんの笑顔。
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眼下には美しい海と、雲、空が広がる。こんな遠いところまできてしまったと、感慨深くなる。
リトアニアさんはどうしているだろうかと、思うけれど、ここは勢いに任せた方がうまくいく気がして、
しばらくは考えないことにして、眸を閉じた。
(あれ?日本・・・さん?)
(・・・・その・・・・こ、こんにちは)
(えっ?・・・えっ?)
久しぶりに会ったその顔は、驚き、でも喜びに満ちていて、とりあえずはポーランドさんの計画は成功したんだろう。
今は彼の行動力にひたすら感嘆するしかないけれど、
お礼はなににしようか、と頭の隅で呟いた。
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