待ち焦がれた月は
リト日
だらだらです。
ただ飛行機に飛び乗ってやってきて欲しかったのと例の意訳を出したかっただけ。
だらだらです。
ただ飛行機に飛び乗ってやってきて欲しかったのと例の意訳を出したかっただけ。
待ち焦がれた月は
飛行機に乗り込む前に、彼に電話をした。時差もあるから、きっと非常識だろう時間に電話をしたのに、彼は嫌なそぶりさえせずに、何だか昔見た、日本映画の中の妻のように、俺の無事を祈っていた。
俺が、はやく逢いたいですと言ったら、私も、貴方よりもっとずっと、貴方にはやく逢いたいのです、と答えてくれた。二人の間に横たわる埋められない距離が、酷くもどかしい。しかし、それゆえに一層恋い焦がれるのだ。
飛行機に乗り込んで、半日以上がたった。ようやく到着を果たした空港のターミナルを走る。全速力で走る俺を見て、時々振り返る人。いつもなら気になってしまうのに、今日はなぜだか気にならない。何度も利用してやり方を覚えたタクシーに乗って、目的地を伝えた。
「こんにちは、日本さん!」
ようやく家の前に行き着くと、彼は箒で門の前の落ち葉を集めていた。
「………どなたです?」
ぽかん、という言葉がぴったりなくらい、彼は目を真ん丸にして言った。
「!!えっ日本さん、一昨日も電話したじゃないですか、リトアニアです!」
慌てて言うと、耐え切れないといったふうに、
「ぷっ、嘘ですよ、リトアニアさん。忘れてないです。待ってたんですから。」
と笑う。
「日本さん、」
トランクから手を離して、日本さんの、箒を持った手に触れる。さっと下をむく日本さんの、つむじが見える、
「年寄りの意地悪です。すみません。」
「そんなことないですよ。」
「本当はね、待ち疲れてしまったんです。待ちどうしくて待ちどうしくて、貴方の飛行機が着く時間を何度も確認したり。」
「…遅かったですか?」
「いいえ。時間通りですよ。ただ、待っていると長く感じるだけのことです。…年寄りですから」
下を向く日本さんの、ちらりと髪の毛の間から見える耳が、赤く染まっていた。
「あ、の、日本さん。」
この人は、俺より年上だというのを至極気に病んでいる人だ。ともすれば当たり障りのない言葉で交わして本音を隠そうとする。甘えや嫉妬、それに好意すら彼の中では禁忌のようなときがたびたびあった。
「俺、日本さんが好きですよ、」
日本さんは、考えるように、じっと口をつぐむ。
「…こんな、爺の何処がいいって謂うんでしょうか。」
「………」
ふっと上げた顔は、ノーとも、イエスともとれない、不思議な表情。けれど、その瞳から滲み出る深い愛情を、見逃しはしない。
俺は頭のなかで、いつもの自分じゃないみたいだ、と思いながら、力一杯、日本さんの華奢な体を抱きしめた。
「好きとか、愛してるとか、言わなくてもいいですよ。」
「リトアニアさん?」
日本さんがはっとして、俺を見上げた。
「貴方は、言葉にするのが得意じゃあないって知ってますから。」
言葉にすることが重荷になるのなら、言わなくていいと思った。言わなければ、伝わらないときもあるだろうけれど。
好きだとか、愛してるとか、薄い言葉を紡ぐことでしか表現できず、信じることができないなんて、そんな嘘なら、言葉なくして心で、思いやりで、示せばいいのだ。
互に押し付けあう愛、優しさではなく、行動やふとした言葉の端々で、愛するひとが、大切にされていると感じてくれたらそれでいい。
腕の中で、日本さんがため息をついた。
重く厚いそのため息は、二人の間を通り抜けて、地に落ちて横たわる。
「まったく、仕様のない方ですね。」
「えっ?」
「長く生きてきて貴方のようなかたに巡り会うとは。死なずにいてよかった。」
にこり、と笑うと日本さんは、
「貴方といると、月が綺麗です。」
と言った。
「えっどういう意味ですか?」
当然だけれど、今はまだ昼間だから、空に月は出ていない。日本さんは可笑しそうに笑った。
必死になって調べなくても、直ぐに分かった。
俺は本を開いたまま、文字をなぞり、一人赤面を余儀なくされるのだった。
「日本さん、」
また、飛行機に飛び乗る。
飛行機に乗り込む前に、彼に電話をした。時差もあるから、きっと非常識だろう時間に電話をしたのに、彼は嫌なそぶりさえせずに、何だか昔見た、日本映画の中の妻のように、俺の無事を祈っていた。
俺が、はやく逢いたいですと言ったら、私も、貴方よりもっとずっと、貴方にはやく逢いたいのです、と答えてくれた。二人の間に横たわる埋められない距離が、酷くもどかしい。しかし、それゆえに一層恋い焦がれるのだ。
飛行機に乗り込んで、半日以上がたった。ようやく到着を果たした空港のターミナルを走る。全速力で走る俺を見て、時々振り返る人。いつもなら気になってしまうのに、今日はなぜだか気にならない。何度も利用してやり方を覚えたタクシーに乗って、目的地を伝えた。
「こんにちは、日本さん!」
ようやく家の前に行き着くと、彼は箒で門の前の落ち葉を集めていた。
「………どなたです?」
ぽかん、という言葉がぴったりなくらい、彼は目を真ん丸にして言った。
「!!えっ日本さん、一昨日も電話したじゃないですか、リトアニアです!」
慌てて言うと、耐え切れないといったふうに、
「ぷっ、嘘ですよ、リトアニアさん。忘れてないです。待ってたんですから。」
と笑う。
「日本さん、」
トランクから手を離して、日本さんの、箒を持った手に触れる。さっと下をむく日本さんの、つむじが見える、
「年寄りの意地悪です。すみません。」
「そんなことないですよ。」
「本当はね、待ち疲れてしまったんです。待ちどうしくて待ちどうしくて、貴方の飛行機が着く時間を何度も確認したり。」
「…遅かったですか?」
「いいえ。時間通りですよ。ただ、待っていると長く感じるだけのことです。…年寄りですから」
下を向く日本さんの、ちらりと髪の毛の間から見える耳が、赤く染まっていた。
「あ、の、日本さん。」
この人は、俺より年上だというのを至極気に病んでいる人だ。ともすれば当たり障りのない言葉で交わして本音を隠そうとする。甘えや嫉妬、それに好意すら彼の中では禁忌のようなときがたびたびあった。
「俺、日本さんが好きですよ、」
日本さんは、考えるように、じっと口をつぐむ。
「…こんな、爺の何処がいいって謂うんでしょうか。」
「………」
ふっと上げた顔は、ノーとも、イエスともとれない、不思議な表情。けれど、その瞳から滲み出る深い愛情を、見逃しはしない。
俺は頭のなかで、いつもの自分じゃないみたいだ、と思いながら、力一杯、日本さんの華奢な体を抱きしめた。
「好きとか、愛してるとか、言わなくてもいいですよ。」
「リトアニアさん?」
日本さんがはっとして、俺を見上げた。
「貴方は、言葉にするのが得意じゃあないって知ってますから。」
言葉にすることが重荷になるのなら、言わなくていいと思った。言わなければ、伝わらないときもあるだろうけれど。
好きだとか、愛してるとか、薄い言葉を紡ぐことでしか表現できず、信じることができないなんて、そんな嘘なら、言葉なくして心で、思いやりで、示せばいいのだ。
互に押し付けあう愛、優しさではなく、行動やふとした言葉の端々で、愛するひとが、大切にされていると感じてくれたらそれでいい。
腕の中で、日本さんがため息をついた。
重く厚いそのため息は、二人の間を通り抜けて、地に落ちて横たわる。
「まったく、仕様のない方ですね。」
「えっ?」
「長く生きてきて貴方のようなかたに巡り会うとは。死なずにいてよかった。」
にこり、と笑うと日本さんは、
「貴方といると、月が綺麗です。」
と言った。
「えっどういう意味ですか?」
当然だけれど、今はまだ昼間だから、空に月は出ていない。日本さんは可笑しそうに笑った。
必死になって調べなくても、直ぐに分かった。
俺は本を開いたまま、文字をなぞり、一人赤面を余儀なくされるのだった。
「日本さん、」
また、飛行機に飛び乗る。
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