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向日葵畑の夢

露日。

甘いなかにも毒が

若干グダグダ
*
*

初めて、呼び鈴を鳴らした。

けれど、いつもなら勝手に入っていくと、驚き、怒りながらも優しく迎えてくれ
る彼が一向に現れない。

「これなら勝手に入っちゃっても仕方ないよね」

何となく、まぁ慣れてはいるのだが、無視をされたようで気分がよくない。

彼はよく無視をするふりはするけれど、本当は話を聞いてくれているから。

「日本く〜ん、入るからね〜」

少し大きめの声で言っても、返事はない。

いよいよ玄関を開けて、一段上がる廊下に足をかけようと思ったとき、ふと、そ
の段差の下に、小さな下駄が目に入った。

自分の靴とは幾分も小さなその下駄の横には、やはり小さな黒い靴。

その靴に足を入れる、日本の姿を想像して、背筋に鳥肌がたった。

彼の足は、黄色だと称されているが、抜ける程に白い。降り積もるシベリアの雪に、一匙、ほんの一匙の紅を加えたような色気を孕んだ足をしていた。一度、戦後に彼が傷が治らずに未だ意識を失っていた時に、見たきりだというのに、意外にも鮮明だった。

うっすらとあいた唇からは、荒く息が漏れ、白い肌は脇腹を中心に、上は胸まで
、下は右足の膝まで焼けただれていたけれど、肋骨の浮いた胴や、ふんわりとし
た太ももから足の先まで、どうやって見ても、君が欲しい、と言う言葉しか出て
こない。

あまりに長居して、その場で日本の着替えをしていたアメリカが、「見るな」と
言われたのを思い出した。

「はあ、いまさら思い出すなんて…」

思い出したついでに、靴を脱いで上がることにした。確か以前注意をされた。



「にほんくん、にほんくーん」

呼んでも返事はなく、しん、と静まった家はまるでもとから誰も住んでいないよ
うだ。

「いつもの縁側かなぁ」

縁側にも姿はなく。

ようやく姿を見つけたのは、彼がよく客を泊める時に使う部屋だった。畳の上に
仰向けになって規則正しい寝息を立てていた。

先ほど脳裏に浮かんだ姿とは対照的に健やかな姿。

机の上には大量のひまわりの種。そして、とても拙いロシア語でかかれた手紙や
、辞書や参考書。

「日本くん、日本くん、」

脳裏をよぎる期待と喜び。早く起きて!

「う……ん、」

小さく身じろぎをしてうっすらと瞳を覗かせる。そこに問いかけた。もしこれが
本当なら、今年は冬将軍に負ける気がしない。

「ねえ、これなぁに、」

「へ、ロシアさん…、ですか」

ごしごし目をこすりながら、未だ夢うつつの顔をしながら身を起こし、にこ、と笑う。

「種が、沢山とれましたので。来年、一緒に植えて、ひまわり畑を作りませんか
、と。」

そして再来年もその次も、どんどんひまわり畑を広げていくんです。

恋い焦がれた夏が終わり、これから厳しい冬に向けて、肩を落とし過ごすところ
だったけれど。

年々大きくなるひまわり畑に、背丈の小さな彼が、笑顔で手を振りながら立って
いる。

「ロシアさん、今年も綺麗に咲きましたよ」とかれは精一杯の声を張り上げて言
うのだろう。「ありがとう、嬉しい」

起き上がったばかりの日本くんを、思うさま抱きしめた。重さに耐えきれなくな
ったのか、「わっ」と言って倒れ込む。

「日本くん、好きだよ!大好き、愛してる!」

「何ですか、恥ずかしい…、」

耳まで真っ赤だね、と言って耳朶を舐めると、びくりと身を強ばらせて睨んでく
る。

なんだかもう、あの手紙やらで何をされたって愛しく思えてしまう。

「ふふ、ねえ、知ってた?世の中にはね、僕がアメリカに戦争を仕掛けて、それ
で世界が滅ぶって言ってる人もいるんだよ。僕は、さ、そんなバカなこと!って
…思ったけど。でも、君のことなら、そうしてやってもいいなって思うんだ。君
をアメリカから取り返すためなら。一人で戦うのも、怖くないよ」

ひまわり畑の夢のためなら。彼と二人すごせるのなら。何も怖くないと思えた。

日本くんは、少し考えるようにしてから

「私は…あなたには、そんなことをして欲しくありません。私は…あなたに一人
になって欲しくない。あなたはだって、本当はとても無邪気で、優しい人です。


そう言われると、先ほどとは違う喜びが湧いて出る。

「じゃあ、僕のものになって」

「それはできません。日本としては、あなたを受け入れることはできません。で
も…ロシアさん、いえ、イヴァンさんのことは、本田菊として、お慕いしており
ますよ?」

「うん、そう…そう…え、どういいこと?」

それはできませんと言われて、後半は流してしまった。なにか重要なことを言わ
れた気がする!

「に、二度も言いません!聞き返すなんて最低だ!」

「そんな!もう一回だけ言ってよ!」

畳の上で、僕の腕から逃げようとする日本くんを、腰から捕まえて押さえ込む。
それでも暴れるから、着物が乱れてしまった。

開いた袷の中に、すっと手を潜り込ませる。あの時見た肌は、実際に触れるとと
ても滑らかだった。

「ちょっ…!ロシアさん!」

「わざとじゃないんだよ、」

色づいた悲鳴を遮るように、逸らそうとしてくる眸を捉えて強く見つめる。

「教えて、」

なんだか色仕掛けみたいだなんて思いながら、つとめて真剣な表情を作りながら
顔を近づける。

「い、っやです!」

「…だめか…、」

なにがだめなんですか、なんて言って、少しは隙をみせてくれたらいいのに。

「日本くんは僕のこと、嫌いなの?」

「そんなことは言ってません。」

「じゃあ、」

迫ると、日本くんは、耳まで真っ赤にして、泣きそうな顔を両手で覆った。

「.....日本では、こんなこと、何回も言うものじゃ、ないんです...」

「うん、ごめん。でも、一回だけでいいから」

お願い、と小さな白い手をゆっくり外して、覗き込む。どさくさにまぎれて、その手にキスを送ってやった。

「ちゃんと、聞き逃さないで下さい。もうこれを逃したら、私は二度と言いませんから。いいですね?」

じっと、耳を澄ます。そして、彼は本当に蚊の鳴くような声で、言った。

「国同士としてでは私たちは問題だらけで、といてい添うことなんてできませんが。私......個人は、イヴァンさん、貴方のことが、その、ええあの.....お慕い、し申し上げております。」

お慕い、し、申し上げる。というのは、どういうことだろう。頭の中の日本語辞書を猛スピードでめくる。

「それって.....僕の事、好きって言ってくれたんだよね?ねえ、じゃあ僕たち、両想いなんだね!....恋人になってくれる?」

「男同士ですから、衆道ということで精神の交わりだけでもいいと思います。」

「そんな、そこだけ真面目に返さないで〜。菊....くん、って呼ぼうかな。」

「好きにしてください....!もう、当分は貴方と顔を合わせられなくなりそうです!」

油断して、押さえが甘くなってしまっていたのか、日本くんはするり、と転がりながら僕の腕からいなくなってしまった。

ぬくもりの居なくなった畳の上。けれどそっぽを向いている日本くんの黒髪と、白い首筋が、幸せな気分と相まって、どこまでも心を温かくしていた。

「Я тебя люблю」

嫌われているのは承知で、でも好きで、どうしても。誰もが避けているのを知っている。恐怖に満ちたまなざしと、嫌悪。
それでも縋ってきたのは何故だったのか。

ひどい独占欲と病んだ愛で、傷つけたあの日を、彼は背負いながらもそれを越す想いであの言葉を告げたのか。

人の真意は分からないけれど。今この言葉と、彼は信じていい。





その夜は、イグサの匂いに包まれながら腕の中の小さなぬくもりと共に眠りについた。



ひまわり畑を夢に見ながら。


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